top of page

ジェットファルコン

ZAC2109年早春 中央大陸・旧共和国首都

ZAC2102年
 ヴォルフ・ムーロア率いる鉄竜騎兵団が、中央大陸デルポイのほぼ全土を制圧。ネオゼネバス帝国を建国する。共和国残存部隊は、各地でゲリラ戦による抵抗を続ける。
 
ZAC2105年
 共和国軍、反抗作戦の切り札ゴジュラスギガを完成。
 
ZAC2106年
 共和国軍、全面反撃を開始。クック要塞奪回。
同年
 帝国軍、セイスモサウルスを完成。共和国軍を中央大陸から完全に駆逐。敗れた共和国軍は東方大陸へと脱出し、ZOITECの支援を受ける。
 
ZAC2107年
 共和国軍、凱龍輝を完成。
 
ZAC2108年
 共和国軍、中央大陸北東部海岸に逆上陸。帝国軍の要塞を次々に陥落させ、旧共和国首都をめざして進撃。

 旧共和国首都の北100キロ。中央大陸へ再上陸を果たしたへリック共和国とネオゼネバス帝国防衛部隊が対峙していた。互いの先鋒は、すでに目視できる距離にいる。共和国軍は凱龍輝、ゴジュラスギガを先頭に、ディスペロウ、エヴォフライヤー、レオゲーター、ディメトロプテラなどの新型ブロックスが続く。
 一方帝国軍はセイスモサウルス、エナジーライガーを中心に、シザーストーム、レーザーストーム、スティルアーマーが防衛陣を張る。空にはロードゲイル、フライシザース、シュトルヒ。両軍あわせて10万機を超えるゾイドを投入した総力戦である。

 

 すでに帝国軍に、圧倒的な優位性はない。戦力は5分(この戦いに全部隊を投入した共和国軍に対し、広大な中央大陸全土の防衛に心を配らなければならない帝国軍が投入できたのは総戦力の30パーセントにすぎない)。彼らの切り札、セイスモサウルスのゼネバス砲も、各地に配置された共和国軍のディメトロプテラの電波撹乱によって、超長距離からの精密射撃が無効化されている。その結果、ここまで共和国軍に距離をつめられた。この先は、双方の士気とゾイド個々の性能が勝負を決めることになる。

 共和国全軍の士気は、天を衝くほどに高い。夢にまで見た故郷が、手を伸ばせば届くところにあるのだ。共和国ゾイドも兵士たちの昂ぶりを感じ取り、鉄の喉を震わせて次々に咆哮する。その眼前に、一条の巨大な光が走った。至近距離からのゼネバス砲だ。その砲撃を合図に、全軍の激突が始まった。

帝国皇帝ヴォルフ・ムーロアの苦悩

 旧共和国首都のほぼ中心地。皇帝専用機として調整されたエナジーライガーのコックピットの中。北から轟く砲撃音を聞くヴォルフ・ムーロアの顔は、苦渋に満ちていた。
 共和国軍の快進撃に、押され続けている帝国軍の士気を立て直すための、皇帝自らの出陣。だが彼の苦悩は、戦況とはまるで無関係なところにあった。
 
「なぜ、この星の戦いは終わらない…」
 
 自問自答を繰り返す。中央大陸制圧から7年。執拗な抵抗を繰り返す共和国軍に、幾度となく決定的な打撃を与えてきた。だがそのたびに、彼らはより強くなって甦る。へリック派の民衆の、支えがあるからだ。
 ヴォルフは、可能な限りの善政を布いてきた。ゼネバス派、へリック派の隔てなく、すべての民衆に愛を注いできたはずだ。ブロックス導入による軍事費の大幅削減も、長き戦争に苦しむ民衆の暮らしを思ってのことだ。だが共和国軍が再上陸するや、へリック派の民衆は、こぞって彼らの支援に回った。以前より豊かな生活を捨て、新たな戦いに身を投じていったのだ。 
 
「なぜだ」
 また、苦渋の言葉がついて出た。だが、本当はヴォルフには分かっていた。人が時に、平穏よりも戦いを選ぶことを。

 ヴォルフ自身、旧ゼネバス兵と民衆の誇りのために銃を取った。そして40年に渡るこの星の平和を打ち砕くことで、彼らの祖国を再建したのだ。だがそれは、新たな恨みと確執を無数に生み出すことでもあった。ヴォルフが生まれるはるか前から積み重ねられてきた人と人、国と国の確執が、さらに広がったのだ。
 
 いかなる善政も、祖国と誇りを奪われた者の怒りの前では無力だ。そのことを嫌というほど思い知らされた。この戦いの行方がどうなろうと、人々の確執は増しこそすれ、決して消えはしないだろう。
 
「だが…。だとしたら、この星の戦いはいつになれば終わるのだ!」
 絶望感にヴォルフは、コックピットのパネルに力まかせに拳を叩きつけた。

 最前線の戦いは、佳境を迎えていた。激戦。数千のゾイドが砕け、数万の兵士が散っていく。正念場だ。ここを乗り切った方に、勝利の女神が微笑むだろう。帝国総司令部からも、慌ただしく増援部隊が出撃していく。

 この混乱が、ヴォルフの周囲に一瞬の空白を生んだ。この時、帝国皇帝を守る護衛機は、わずか10数機。そして、その中の数機のライガーゼロイクスが、突如装甲を脱ぎ捨て、ヴォルフのエナジーライガーに躍りかかったのだ。

最後の閃光師団 レイ・グレックの奇襲

 ヴォルフに牙を剥いたイクス。それは共和国軍に捕獲され、工作員の手で密かに運びこまれた刺客であった。補給部隊に偽装したトレーラーから、飛び立ったフェニックスと合体し、イクスはたちまちゼロフェニックスとなった。
 
「ヴォルフ・ムーロア! 覚悟!!」
 ゼロフェニックスのパイロットの一人が叫んだ。レイ・グレック。かつての閃光師団のエース、レオマスターと呼ばれた男だった。一直線に、エナジーライガーの喉元めがけて突撃するレイ。
 
「その動き…。レイ・グレックか!?」
 ヴォルフの目から苦悩の影が消え、光が宿った。レイは、ヴォルフが唯一心を許した幼なじみアンナ・ターレスの仇だ。
「ヴォルフ! 今度は倒す。命に賭けて!」

 8年前、レイは仲間を救うためにヴォルフを見逃した。今の戦乱は、自分に責任があると思っている。


 戦いを宿命づけられた2人。だが、互いが駆るゾイドには、埋めがたい力の差があった。わずか3秒で時速340キロまでフル加速したレイのゼロフェニックス。その必殺の突撃を、ヴォルフのエナジーライガーが軽やかにかわした。その瞬間的なスピードは、600キロを超えている。

 レイは愕然とした。エナジーのスペックは、もちろん知っている。だが、その性能をフルに引き出すことは、レオマスターをもってしても簡単なことではないはずだ。それを皇帝たるヴォルフが、鮮やかにやってみせたのだ。
 
 ヴォルフは、8年前のヴォルフではなかった。皇帝として多忙をきわめる中、ひたすらゾイド乗りとしての腕を磨いてきた。レイとだけは、一人の男として対等に戦える力がほしかったからだ。皮肉なことだが、ゾイド乗りとしての自分があったから、皇帝の苦悩に耐えられたのだとさえ思っている。
 
「レイ・グレック。我が想い、受け止めてもらうぞ!」
 皇帝専用機のエナジーチャージャーが唸る。強烈なパワーの高まり。制御しきれないエネルギーで機体が光って見える。レイの全身の毛が逆立った。
「来る!」
 そう思った瞬間、全身が砕けるような衝撃が走った。エナジーライガーの重レーザークロー。まともにくらった。なんて速さ。そして凄まじい威力。一撃で、ゼロフェニックスがスクラップ同然にされた。
 
 2撃目がくる。B-CAS強制排除。損傷の激しいフェニックスを捨て、身軽になる。それで辛うじてかわせた。だが素体のゼロで、どうすればこの怪物を倒せる?
 
 振り返ると、異変に気づいた帝国ゾイドが嫌というほど向かってくる。わずか数機の味方が支えきれる数じゃない。絶望的な状況の中、無意識にレイの頬に笑みが浮かんだ。はなから生きて還る気などない。
 差し違えてでもヴォルフを倒す。燃えるような想いだけが、レイの胸にあった。

 その時だ。空が割れた。帝国航空師団の防衛網の一角に穴が開いたのだ。飛行形態のディメトロプテラの決死の突撃。編隊中央の見慣れない機体を守るように、こちらに向かって突っ込んでくる。
 対空砲火の雨をかいくぐり、その飛行ゾイドがレイの眼前に舞い降りた。

「ジェットファルコン。間に合ったのか!?」
 フェニックスに代わる、ゼロの新しいB-CAS。合体すれば、計算上ではエナジーライガーと五分で戦える。
 
「させるか!」
 ヴォルフの突撃。剥出しのボディの表面を削られながら、辛うじてかわす。同時にファルコンが変形。ゼロと重なり、リンク回路を開いていく。合体完了!

 さらにヴォルフがくる。その動きに焦りが見える。護衛に邪魔される前に、自分でケリをつけるつもりだ。
 
「最後に甘さが出たな。皇帝陛下!」
 
 未知の敵に、いきなりつっかかるのを勇敢とは呼ばない。愛機エナジーライガーの最高速660キロの速さへの過信。ファルコンと一体となったとは思ってもいないだろう。
 ゼロが、同等のスピードでスウェイする。エナジーライガーの爪が空を切る。その無防備なボディに、ゼロファルコンのバスタークローがねじ込まれた。

 帝国の防衛線が崩壊しようとしていた。

 

 同時刻。最前線では、白兵戦の距離まで肉薄されたセイスモには、凱龍輝とギガの連携攻撃を防ぐことはできなかったのだ。

エナジーライガー暴走!破滅のカウントダウン

 機体をまともに貫かれ、エナジーライガーのゾイド核は完全に停止していた。
 だが、核とは独立した動力機関であるエナジーチャージャーだけが、不気味に唸りを上げ続けている。もって行き場のないエネルギーを生産し、核に送り続けているのだ。
 
 皇帝専用機として出力アップされたヴォルフのエナジーライガーは、通常機の倍もの稼働時間を誇る。だが、それは同時にエネルギー暴走のリスクを秘めていたのだ。本来、消費されなければならないエネルギーが、エナジーの体に蓄まっていく。160トンの巨体を、時速660キロの速さで稼動させる膨大なエネルギーの蓄積。ゾイド核の崩壊を誘発するに、十分であった。
 
 それに最初に気づいたのはヴォルフだった。
「ヴァルハラの再現だ…」
 
 ガイロス帝国の首都ヴァルハラは、デスザウラーのゾイド核が崩壊し、一瞬で廃墟と化した。もし、ここで同じことが起こったら? 集結した両軍の大部隊と、2000万人を超える民衆はどうなる?
 不意に、エナジーライガーのキャノピーが飛んだ。緊急脱出装置が作動したのだ。それを手動で解除したヴォルフは、マイクに向かって叫んだ。
 
「全軍、市民とともに西へ脱出せよ!」
 
 そして自らは、機体を東に回頭させた。ゾイド核が停止し、チャージャーの出力を直接足に回したエナジーライガーの動きは亡者のようだ。閃光のような速さは失われ、時速40キロにも満たないスピードで這うように東に向かう。
 この時、皇帝護衛部隊に割りこまれていたレイは、装甲を溶かすほど赤熱したエナジーを見て、ヴォルフの真意を理解していた。自分の命と引き換えに、兵と民衆を救うつもりだ。レイは、かつてヴォルフが1人の部下を救うために、自分の命を賭けたことを知っている。そして今この皇帝は、へリック派の民衆が多数を占める都市を救うため、命を賭けようとしているのだ。
 
 護衛部隊に隙をさらすことを承知で、レイが飛んだ。無防備な腹に、無数の銃弾が撃ちこまれる。だが、それでもエナジーの傍らにゼロを横づけできた。キャノピーを開いて飛び降りるレイ。

「なんのつもりだ。レイ・グレック!」


 互いに顔が見える距離で叫ぶヴォルフ。


「ファルコンは、もともとエナジーライガー用に開発されたB-CASだ。もしかしたら…」
 
 叫び返して、レイは高熱で爛れたエナジーライガーのコードを引っ掴んだ。ゼロファルコンのジャックに繋ぎ、余剰エネルギーを吸収する気だ。意図に気づいたヴォルフも、愛機から飛び降りてコードを掴んだ。

 互いに言葉はない。ただ、戦いを宿命づけられた2人が今、力を合わせている不思議を思った。

 甘い幻想がよぎる。


「この長き戦いも、いつの日か終わりが来るかもしれない」 と。
 
 そして、エナジーライガーとゼロファルコンは連結された。ゼロファルコンのバスタークローの銃口が、吸収した余剰エネルギーを撃ち出す。それは太い光の柱となって、天に向かって立ち昇っていった。
 
 両軍の兵士達も、やがて立ち止まり光の柱を見上げ始める。
 
 すでに戦場から砲火は止み、互いを助け合いながら危機を脱しようとした彼らに、今は敵も味方もない。
 その胸によぎるのは、レイとヴォルフの感じたものと同じ想いであったかもしれない。
 長き戦いの因縁は、少なくとも今の彼らの前には存在していなかった………。

bottom of page