top of page

ディメトロドン

ZAC2106年初頭 中央大陸アルダンヌ

 ディメトロドンを駆る、ネオゼネバス帝国軍曹長キャプリ・コンラッド。その背に、死神が迫っていた。
 
――あとどのくらい逃げられる? 5分か? 10分か?
 
 多分、一生分の幸運の残りを全部かき集めて30分といったところだろう。特別、悲観主義でもないキャプリだが、どうしても"助かる"というイメージが湧いてこない。それほど状況は絶望的だった。

 死神の名は、ライガーゼロ。精鋭ぞろいのヘリック共和国軍高速戦闘隊の中でも、とびきりの強敵。そいつとサシで戦わなければならない。それも、ディメトロドンでだ。キャプリの愛機は、お世辞にも直接戦闘に向いたゾイドとは言えない。電子戦ゾイド――。戦闘部隊を影から支え、時には指揮して味方を勝利に導くゾイドなのだ。

▲帝国陸軍曹長

​  キャプリ・コンラッド

 キャプリは試しにシミュレートしてみた。ディメトロドン対ライガーゼロ。コンピュータがはじき出した勝率は、7パーセント。あくまでお互いの戦闘力を単純比較した数字だ。実戦ではその半分もないだろう。それも、パイロットの腕が対等だと仮定してだ。
 
――対等? そんなわけがない。
 ゼロのパイロットは並みじゃない。それは、キャプリ自身が一番分かっていた。共和国軍拠点を探してアルダンヌの森を強行偵察中だったキャプリの小隊を、ゼロはただ1機で、それもわずか10分足らずで壊滅させている。レーダーにもレーザーサーチャーにも引っかからないよう静かに身を潜め、動力を停止させた状態から緊急始動し、小隊を奇襲したのだ。もちろん、ゼロの出力は上がっていなかったはずだ。そんな不安定な機体で量産型のジェノザウラーを含む10機あまりの帝国軍ゾイドを葬ったパイロット。それがキャプリの敵なのだ。
 
 確かにこの3年間、正面きった会戦では帝国軍は一度も負けていない。だが、それでも未だに共和国軍を殲滅できない訳が、キャプリには分かった気がした。共和国軍は、まだ死んではいない。こういう真のエースパイロット、真のゾイド乗りが敵にいる限りは…。
 
 
 背後にゼロの影を感じた気がして、キャプリは3度目のチャフを放出した。レーダー撹乱用のアルミ片だ。銀色の雨に紛れてディメトロドンは静かに後退を続ける。このチャフと、アルダンヌの深い森、そして真冬の早い夕暮れがキャプリをここまで生き延びさせた。だが味方の前線まで、まだたっぷり30キロはある。あと1度の放出でチャフも切れるだろう。ゼロの追跡が続いているならば、まず逃げ切れない。
 
 助かる方法はある。機体を捨て、徒歩で逃げるのだ。だが、共和国軍が新型ゴジュラスの量産に着手した今、敵拠点の捜索が急務の帝国軍にとってディメトロドンは最も重要な索敵ゾイドだ。キャプリにとっては、叩き上げの彼が初めて手にした大型ゾイドでもあった。捨てられない。
 
 ならば、戦うしかない。たとえ7パーセントでも、その半分でも、勝機があるのなら戦い、生きて還る。
「やるぜ、相棒」
 2度3度とコントロールパネルを撫でてから、キャプリは機体を反転させた。そして最後のチャフを最大仰角で放出した後、針葉樹の中で全ての動力をカットした。
 
――さっきの奇襲。ありゃ見事だった。そいつをそっくりそのまま返してやる。
 それがキャプリの思惑だった。空高く巻き上げたチャフに引き寄せられて、ゼロは必ずここに来る。高速ゾイドの運動性をもってしてもかわせない至近距離に近づくまで息をひそめ、緊急始動からの奇襲。その一撃に全てをかけるのだ。
 
 キャプリは、祈るような気持ちで日没を待っていた。この無謀な奇襲を成功させるには、ほとんど鼻っ面までゼロを引きつける必要がある。闇が、唯一の希望なのだ。だが、時間はゆるゆると過ぎていく。1分が永遠にも思えてくる。ふとキャプリの脳裏に「ゼロは諦めたのでは」という思いがよぎる。そしてすぐに「いや」と思い直す。帝国にとって貴重な最新鋭電子戦ゾイド。それは共和国にとっては、大きな脅威を意味する。見逃してくれるわけがない。
 
 やがて日は落ち、その残照さえも消え去ろうとした時、不意にキャプリの肌が粟立った。ゼロだ。ゼロが来た。目視できたわけではない。索敵屋のカンだ。右前方。距離はざっと400メートル。距離300で目視。さらに近づいてくる。ゆっくりとした動き。
 
「獣王ともあろうものが、えらく慎重じゃねえか、ええ」
 さっきのチャフが露骨すぎたかもしれない。ゼロは、罠の気配を感じ取っている。
 
 距離200、150…100。木々に紛れているとはいえ、もういつ見つかってもおかしくない。わっと叫んで飛び出したい気持ちを、ぐっと飲み込む。80…50。ゼロならひと跳びで詰められる距離だ。
 距離30。幸運はキャプリに味方した。
 
「いけっ!」
 ディメトロドンが始動した。咆哮が、静寂のアルダンヌを切り裂く。振り向くゼロが、スローモーションみたいに見える。ディメトロドンが牙を剥いて飛びかかる。狙いは喉元。こっちもスローモーションみたいだ。

――ガチッ! 牙が食い込んだ。パワー全開。それでも装甲を破れない。ディメトロドンにはゼロの牙のようなレーザー装備がないのだ。出力もまだ上がっていない。


 グンと、ゼロが首を持ち上げた。格闘戦用ゾイドの恐るべきパワー。自分より倍も重いディメトロドンを、右に左に振り回す。不規則で強烈な遠心力にキャプリの首が悲鳴をあげる。だが、振りほどかれたらそれで終わりだ。

 トリガーを引き絞る。リニアレーザーガンが、ミサイルポッドが、濃硫酸砲が火を吹く。連射。対小型ゾイド用の武装だが、至近距離の直接射撃だ。効くはずだ。
 
――ガン。ゼロの首の装甲版が弾け飛んだ。それでもトリガーは緩めない。エネルギー弾の雨がゼロのボディに叩き込まれていく。
――勝った。
 
 キャプリがそう確信した時、信じられないことが起きた。ゼロが跳んだのだ。ディメトロドンに食いつかれたまま、垂直に20メートルも。そして体を投げ出すように自ら大地に激突した。
 強い衝撃。キャプリの意識が一瞬飛ぶ。
 
「やってくれるぜ……」
 朦朧としたまま、機体の立て直しをはかる。が、動けない。ゼロが、のしかかっていた。必死でもがくが身動きがとれない。絶望的なまでのパワー差だった。
「気にいらねえ」
 キャプリが小さくつぶやいた。既にゼロの勝利は決定的だ。牙を立てようが爪を振るおうが思いのままなのだ。なのに、ディメトロドンの抵抗を楽しむように、とどめを刺しにこない。よほど、さっきの奇襲が頭にきたらしい。
 
「その余裕、戦場じゃ命取りだぜ……」
 一面に、無数のチャフが舞っていた。さっきの激突の後、2機が地表を転がったせいだろう。このチャフが天啓となった。今。ディメトロドンが全天候3Dレーダー波を放ったら?
 電磁波の乱反射。あたりは電子レンジの中と化す。たとえゾイドに被害はなくとも、パイロットは無事ではすまない。
 もちろん、キャプリ自身も…。
 
「おまえは生きて還れよ。ええ、相棒」
 
 また軽くパネルを撫でた。そしてキャプリは、ゆっくりとレーダーを起動した。
 
 
 
 数日後、キャプリのディメトロドンは帝国軍の手で回収される。このディメトロドンは別のパイロットの手によって、春までに2箇所の共和国軍拠点を発見。帝国軍に多大な戦果をもたらした――

bottom of page