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ゴジュラスギガ

ZAC2105年秋 中央大陸デルポイ

 ヘリック共和国崩壊から3年。中央大陸デルポイは(少なくとも表面上は)、平穏な日々が続いていた。ネオゼネバス帝国が、侵略軍とは思えないほど緩やかな占領政策をとったためだ。
 議会の解散、軍の解体。帝国の要求は基本的にはその2点だけ。共和国国民の恐怖は安堵に変わり、安堵は新たな支配者への抵抗の意志を薄めていった。
 ネオゼネバスを率いる皇帝が、ヴォルフ・ムーロアであったことも、帝国の支配をスムーズにした一因だっただろう。英雄王、初代ヘリック・ムーロアの血族。この事実は、中央大陸に住むすべての者にとって、特別の意味がある。
 
「ムーロア一族こそ正統な支配者」
 
 共和制確立から100年経た今でさえ、そう思う民衆は少なくない。
 また国民には、暗黒大陸ニクスのガイロス帝国への恐怖もあった。前大戦の傷が癒え次第、彼らが再び中央大陸に牙をむくのは間違いない。異民族であるガイロスの占領政策の苛烈さは、ネオゼネバスの比ではないだろう。そして、共和国軍が崩壊した今、頼れるものはネオゼネバス軍だけなのだ。
 
 ZAC2105年秋。これら、さまざまな要素がネオゼネバス帝国の中央大陸支配体制を、日々強固なものにしつつあった。

ネオゼネバスよりの刺客 ステルススティンガー来襲

デルポイ中央山脈 ヘリック共和国軍拠点
 山頂から駆け下りる風が刺すように寒い。定時パトロール中の共和国軍少尉スティブ・ボーンは、大急ぎで愛機ケーニッヒウルフのコクピットに滑りこんだ。
 7000メートルから9000メートル級の高山が連なる中央山脈。その中腹だ。冬の訪れは早い。今夜か、明日には雪になるだろう。待ち望んでいた雪。積もれば、少なくとも春までは、ネオゼネバス帝国軍の追求の目をごまかせる。

 ここにはヘリック共和国軍の秘密基地があるのだ。3年前、100箇所を超えていた軍事拠点のひとつ。だが今、生き残っているのは30箇所もないはずだ。帝国軍は寛大な占領政策の一方で、共和国軍残存部隊に対しては徹底的な掃討作戦を行っていた。これら3年の戦いで、共和国軍はただの一度も勝っていない。発見されたが最後、一方的に叩かれてきたのだ。ダークスパイナー。あの悪魔のような電子戦ゾイドのせいだ。奴のジャミングウェーブに、味方ゾイドはことごとく機能を狂わされ、戦うことさえできずに敗れ去ってきたのだ。


 だが…。春まで持ちこたえられれば、「あれ」が完成する。共和国軍に残された最後の希望、あの新型巨大ゾイドが…。

 定時パトロールを終えたスティブ・ボーンが愛機を基地へと向けた時だった。いつもは軽やかなケーニッヒの動きが、不意に重くなった。操縦桿と駆動系の間に異物がはさまってるような鈍い感覚。この操縦感には覚えがある。3年前、陥落した共和国首都奪還作戦の時と同じ感覚だ。
 あの時も、別のケーニッヒに乗っていた。高速部隊の一員として、敵装甲師団主力の脇腹をつく作戦だったのだ。だが、敵部隊を目の前にして、急にケーニッヒの動きが鈍った。敵部隊にダークスパイナーがいたのだ。奴のジャミングエリアに入った途端、ケーニッヒは酔っ払いみたいに千鳥足になった。

▲共和国陸軍少尉

  スティブ・ボーン

 機動力を失った高速ゾイドなど演習用の標的以下だ。後はディロフォースやらディマンティスやらが嫌というほど湧いてきて、めった撃ちにされた。部隊は一瞬で壊滅。ジャミングウェーブで操られた味方に撃たれた仲間も少なからずいた。
 
「よく、生きのびた」
 
 そう思う。その代わりスティブは、愛機を捨てて脱出という、ゾイド乗りにとって最低の屈辱を味わっている。
 苦い思い出だった。だが、感傷に浸っている暇はない。敵が迫っているのだ。それも、ダークスパイナーを含めた最悪の掃討部隊だ。一刻も早く、基地に報せなければならない。
 
 スティブは愛機の動力を切り、コクピットから飛び降りた。通信機も使えないのだ。頼りは自分の足だけだ。険しい足場を這うように走る。だが、標高5000メートル。すぐに息があがる。そのスティブの背後から、地響きのような足音が近づいてくる。瞬間的に岩場に身を隠す。すぐに傍を悠然と進撃していく敵部隊。その威容を見つめながら、スティブの絶望感はさらに深くなった。

 ダークスパイナーだけじゃない。デススティンガーまでいる。惑星Zi古代超文明の遺産オーガノイドシステムを搭載した怪物だ。今や帝国軍は、戦闘ゾイドに恐るべき生命力と俊敏性、そして闘争本能を与えるこのシステムを完全に解析、量産に成功している。目の前の奴は、荷電粒子砲を外す代わりにステルス性と装甲を強化した量産機、ステルススティンガーだ。ゾイドコアの培養を省いた大量生産タイプの小型機、サックスティンガーもいる。機数は約100。それらすべてが漆黒のカラーリングで統一されている。「黒の竜騎兵団」だ。

▲帝国陸軍少佐

 ジーニアス・デルダロス

 帝国軍最強のゾイド乗りと噂される、ジーニアス・デルダロス率いる戦闘部隊。
 スティブの唇に、小さな笑みが浮かんだ。ここまで悪条件が重なると、人はかえって笑ってもらうものらしい。
 再び、スティブは這うようにして走り始めた。戦友たちの待つ基地へ。確実な死が待ち受ける戦場へと向かって……。

 スティブの耳を、激しい砲撃音が貫いた。既に、戦闘が始まっている。
――急げ。
 気が、はやった。基地が長くもつとは思えない。遅れた挙句、ひとり生き残るのはごめんだった。
 
――ギャオオォォォン……
 突然、砲撃音に混じってゾイドの咆哮が響き渡った。重々しさと甲高さが重なりあったような、ティラノ型巨大ゾイド独特の咆哮。黒の竜騎兵団にティラノ型ゾイドはいなかったはずだ。では何だ?
 小高い岩場を登りきったスティブの視界が、不意に開けた。そこに巨獣がいた。

 ゴジュラス・ジ・オーガだった。共和国軍のオーガノイド実験機。帝国オーガノイドとは比較にならないほど完成度は低い。オーガ自身が選んだパイロット以外(それも正規兵ではなく傭兵らしい)誰にも操れないのだ。だが、ノーマルゴジュラスの10倍ともいわれるパワーを持っている。
 闘争本能と、その傭兵との精神リンクだけで動くオーガには、ダークスパイナーのジャミングウェーブは無力だったのだ。

 基地を背に、ただ1機帝国部隊に立ちはだかるオーガ。100対1。そんな絶望的な状況が、この狂暴無比な機獣をいっそう奮い立たせていた。


 オーガが動いた。風をまいてダークスパイナーに躍りかかる。巨大な顎が、一撃でスパイナーの首を引きちぎった。そのまま2機目のスパイナーに突撃する。同時に、大口径キャノンが別のスパイナーを狙い撃つ。至近距離、ボロ雑巾みたいに吹き飛ぶスパイナー。
 いい手だ。オーガはダークスパイナーだけに狙いをしぼっている。スパイナーがいなくなれば、基地防衛隊もゾイドが出せる。
 スパイナーは全部で7機。すでに3機を倒している。4機目に挑みかかる。
 もちろん、オーガの被害も甚大だった。サックスティンガーが次々に飛びつき、集中砲火を浴びせかけてくる。小型ゾイドとは思えない攻撃力。オーガの装甲がひしゃげ、はじけ飛んでいく。だが、それでもオーガに怯みはない。オーガノイド特有の生命力が瞬時に金属細胞を自己修復し、致命傷には至らない。
 5機、6機。
 あと1機だ。
 その瞬間、大地が割れて巨大な尾が出現した。先端に刃。それが、オーガの腹を貫いた。ジーニアス・デルダロス駆るステルススティンガーだった。最後のスパイナーを囮にオーガが突っ込んでくるのを、地の中で息を潜めて待ち構えていたのだ。
 
 オーガの動きが鈍った。ゾイドコアにダメージを受けたのは明らかだった。自己修復できない。
 さらに潜りこもうとするステルススティンガーの刃を、両腕で引き剥がそうとするオーガ。だが、パワーが落ちている。止めるのが精一杯だ。

 もつれあったまま動けない2機を尻目に、残ったダークスパイナーとサックスティンガーの群れが基地に突入していく。この時基地に帰還していたスティブは、格納庫にそびえ立つ巨大ゾイドを見上げていた。ティラノを凌ぐ大型肉食恐竜ギガノトサウルスをベースにした新型機ゴジュラスギガを。この反攻作戦の切り札となるべきゾイドを、スティブたち共和国兵は自ら爆破することを命じられていた。ギガは、既に9割方完成している。だが、装甲内に備えるはずのジャミングウェーブ遮断回路が未完成だった。回路がなければ、スパイナーに操られ奪われるだけだ。それだけは避けなければならない。
 
 だが一度も出撃させることなく自爆させることは、ゾイド乗りとして我慢できない任務だった。愛機を見捨てて逃げ出した、3年前の戦いが脳裏に蘇る。
 ギリ、と奥歯が鳴った。爆薬を抱えたまま、ギガのコクピットに潜りこむ。敵がこいつを奪おうとした瞬間、起爆スイッチを押すためだ。それで、1機でも2機でも道連れにする。それしかギガにしてやれることが思いつかなかった。
 ドンという強い衝撃音が走った。格納庫の隔壁が破られた。敵が飛び込んでくると予測していたスティブは目を疑った。オーガが立っていたからだ。ゾイドコアを完全に貫かれながら、最後のスパイナーの首をねじ切り、仁王立ちしている。
 
「オーガ…」
 起爆装置を投げ捨て、スティブはギガのエンジンに火を入れた。

ゴジュラスギガ、立つ!

 ゴジュラスギガが起動した。機体固定用のアームをへし折り、ゆっくりと前進する。それを見届けるかのように、オーガが崩れ落ちた。コアに致命傷を負うのを覚悟でステルススティンガーに背を向け、最後のダークスパイナーを倒してくれたのだ。コクピットの損傷は少ない。パイロットは生きている可能性がある。それだけが救いだった。

 さらに前進する。格納庫の前室。出撃することなく破壊された味方ゾイドたち。動いているのは、すべて敵だ。ギガの前進にあわせて、ジリジリと後退していく。
 基地から出た。敵を視認する。まだ、70~80機はいる。正面にステルススティンガー。ジーニアスとスティブでは、ゾイド乗りとしての腕も格も天地ほどのひらきがある。それでも、自分でも不思議なほど、スティブには恐れはなかった。ゴジュラスは、パイロットの闘志と怒りを力に替えるゾイドなのだ。ならば、今の自分が負けるはずがない。

――シャァァァ…
 サックスティンガーの一群が、爪を振りかざして飛びかかってくる。
 
――迎撃だ。尾で…。
 ギガの長大な尾がブンとしなった。同時に尾に内蔵されたロケットブースターが自動点火する。圧倒的な速さで重金属の塊が飛ぶ。その一振りで、サックスティンガーは文字通り塵と化した。オーガノイドの自己修復能力もクソもない。完全な破壊だ。
 
  左右から機銃の雨。チタニウム合金の重装甲には傷ひとつつかない。逆方向に尾を振る。それでまた、サックスティンガーが5、6機まとめて消し飛んだ。操縦しているスティブ自身、震えがくるような破壊力だった。
 ザッと、サックスティンガーが下がった。敵は動揺している。勝機は今だった。追撃に移るギガ。その鼻先に、群れを割ってステルススティンガーが飛び込んできた。オーガを倒した、尾のレーザーシザースだ。
 ギガがかわす。紙一重だった。肩の装甲がザックリもっていかれる。
 ギガの牙が閃く。外れた。スティンガーは既に背後に回っている。速い。ギガが尾を叩きつける。また外れた。地中に潜られた。なんという動きなのか。
 地に潜った時には、ジーニアスは勝利を確信していた。たったこれだけのやり取りで、ギガの動きを見切っていたのだ。このままギガが、必殺の間合いまで近づいてくるのを待ってレーザーシザースを叩きこむ。それで終わりだ。
 
 1分。2分。じりじりする時間の中、冷静に地上レーダーを見つめるジーニアス。
 
――きた!
 スティンガーの尾が地表に突き出た。ジーニアスには、ギガのコアを深々と突き破った光景が見えていた。だが、必殺のはずの尾は虚しく空を切っていた。


「!?」

 初めて、ジーニアスが動揺した。彼の予想をはるかに上回る速さで、ギガが動いたのだ。ありえないことだった。巨大ゾイドの動きではなかった。 追撃モード。ギガは高速戦闘形態に変わることで、中型ゾイド並みの機動力と運動性を発揮する。これこそ、ギガ最大の秘密であった。

 ギガの足がステルススティンガーを襲った。今度は避けられない。超重装甲が、やすやすと踏み抜かれていく。


「ちっ」
 コクピットから転がり出るジーニアス。同時に、サックスティンガーが一斉にスモークディスチャージャーを射出した。立ち上る猛烈な煙幕。そしてそれが晴れた時、黒の竜騎兵団の姿は完全に消えていた。鮮やかな引き際であった。

 サックスティンガーの背に揺られながら、ジーニアス・デルダロスは笑っていた。ゾイド乗りとして初めての敗北。命をかけて倒すべき強敵との邂逅。それが、たまらない喜びであるかのような笑みだった。その頬を、ひとひらの雪がかすめた。中央山脈に今、冬が訪れたのだ。
 


 共和国軍基地が負った深い傷を、雪が次第に覆い隠していく。
 喧騒の格納庫。スティブ・ボーンは、降りたばかりのギガを見上げていた。とりあえず今日の危機は乗り切った。だが、共和国の「明日」は、春までにギガを量産できるかどうかにかかっている。
 急がなくてはならない。スティブは、整備兵の怒号の渦へと足を踏み出した。

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