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アロザウラー

ZAC2106年早春、中央大陸クック要塞攻略戦

 雪どけまだ遠い早春の中央山脈。その東の麓に位置するネオゼネバス帝国軍前線基地クック要塞に、無数の砲撃音が轟いた。へリック共和国軍の反攻作戦が開始されたのだ。帝国軍の予想より、ひと月以上も早い反攻。奇襲であった。
 ZAC2106年現在、帝国軍と共和国軍の総戦力比は20:1。雪どけを待って四方から拠点に攻め込まれたら、万にひとつも共和国の勝ちはない。

 だが、今なら敵の包囲の一角を崩せるかもしれない。その可能性にかけた反攻だった。
 
 目標のクック要塞は、四方を大河と山脈に守られた鉄壁の砦だ。厳しい戦いになるだろうが、奪い取れれば共和国にとってこれ以上ない拠点となる。
 命運をかけた戦い。共和国軍司令部は、ネオゼネバスの包囲網を撹乱するために、できる限りの手を打った。航空師団による複数の敵拠点の同時爆撃。高速ゾイド部隊による各地でのゲリラ戦。同盟関係にあるガイロス帝国軍も動かした。中央大陸に空の輸送艦隊を派遣させたのだ。輸送艦が空なのは、暗黒大陸戦争で深い傷を負った彼らには、まだ戦う力がなかったからだ。だが、この陽動作戦の効果は絶大だった。雪と氷の山脈を駆け下った共和国軍主力部隊は、混乱しきったネオゼネバスの最前線を引き裂き、わずか3日でクック要塞に突入したのだ。

 ゴジュラスギガがジェノザウラーを踏み潰し、ゴルヘックスがダークスパイナーのジャミング波を遮断する。ガンブラスターの20連砲が火を吹き、ディバイソンが敵陣を切り裂いていく。

 3年にわたる屈辱の日々を晴らすべく、勇猛に進む共和国兵士たち。その中に、アロザウラーを駆るデュー・エルドの姿もあった。
 主力部隊のエースと呼ばれる男。だが彼はこの戦いで、まだ1機の敵さえ墜としていなかった。もちろん、手を抜いているわけじゃない。混乱から立ち直った帝国軍が嫌というほど押し寄せてくる前に要塞を落とし、守りを固めなければならない。正念場はここからなのだ。だがそう思って焦るほど、アロザウラーは彼の意志どおりに動いてくれなかった。理由は分かっている。デューに問題があるのだ。

▲共和国陸軍大尉

  デュー・エルド

 西方大陸戦争開戦以来、デューはゴジュラスに乗り続けてきたパイロットだ。気性が荒く自らの意志でパイロットを選ぶゴジュラスを乗りこなす者は、英雄と呼ばれる。3年前、彼は共和国首都攻防戦で英雄の名に恥じない戦いを演じ、そして愛機を失った。代償は2年にわたる野戦病院暮らし。実戦復帰できたのは、ゴジュラスの後継機、ゴジュラスギガに乗りたい一心だったと言っていい。

 

 だが、ギガは彼を選ばなかった。
 どれだけ腕とキャリアがあっても、ソリの合わないパイロットには従わない。それが、ゴジュラスというゾイドだ。結局デューは、アロザウラーに乗ることになる。任務はギガの護衛。乱戦の中では、巨大ゾイドが小型ゾイドに思わぬダメージを受けることがある。関節など、重装甲の隙間を狙われやすいのだ。膝あたりを集中的にやられたら、身動きできなくなることだってある。それを守る。
 皮肉な任務だった。ふられた女をエスコートしてパーティに出る、間抜けな男の役回りだ。
 
 そして今、デューは戦場で舞う彼女の優雅なダンスを、惚れ惚れするような強さを間近で見せつけられていた。ゴジュラスの欠点が見事に解消されている。古代チタニウム合金の装甲はあらゆる砲弾を弾き返し、ハイパーEシールドはジェノザウラーの荷電粒子砲に揺るぎもしない。追撃モードと格闘モードは、圧倒的なスピードとパワーの融合だ。巨大ゾイドの常識を引っくり返す戦い方。見ているだけで血が騒ぐ。
 
「あれに乗れたら…」
 
 その思いが消えない。アロザウラーも悪くはないのだろう。ゴドスの後継機として配備されたゾイドだ。同じクラスなら、どんな帝国ゾイドにもヒケをとらないという。だが骨の髄までゴジュラス乗りのデューが求めるものは、絶対的なパワーだ。ない物ねだりと分かっていても、苛立ちが抑えられない。
 
 ゴジュラスほど極端ではなくても、すべてのゾイドには意志と感情がある。操縦桿ごしに伝わるパイロットとの精神リンクがうまくいってこそ、その能力を100パーセント発揮できるのだ。今のデューがアロザウラーの能力を引き出せないのは、当たり前のことだった。
 
「せめて、まともに動きやがれ!」
 デューが、パネルに向かって毒突いた時だった。突然、彼の背後の地表が割れた。4基の超硬度ドリルを備えた地底機。帝国軍の誇る超小型超高性能のSSゾイド、グランチャーの襲撃だった。機首の砲塔からパルスレーザーが放たれ、ギガの膝装甲の隙間に吸い込まれるように突き刺さる。舌打ちしてアロザウラーを反転させるデュー。だが、掴みかかる前にグランチャーは再び地中に消えた。デューのミスだ。護衛機でありながら先行しすぎた。敵を墜とせない焦りが生んだミス。そしてそれは、予想もしない致命的なミスとなった。ギガが、ゆっくりと崩れ落ちたのである。
 
 膝から煙が上がっている。いくら直撃でも小型ゾイドの砲撃だ。一撃でここまでダメージを受けるなど、普通ならありえない。5か月で30機という無理な量産と予定より早まった奇襲が、整備とテストを甘くしたに違いない。いずれにせよ撤退だ。いかにギガでも、立てなければただの標的だ。デューたち数機のアロザウラーに守られ、ギガの這うような後退が始まった。だが退路には、最悪の死神が待ち受けていたのだ。
 
「デ、デスザウラー…」
 味方の誰かが呟いた。帝国軍の最強機獣、死を呼ぶ竜がそこにいた。
 デスザウラーの無敵時代は、マッドサンダーの登場で終わりを告げている。とはいえマッド乗り以外にとって、悪夢のような怪物であることに変わりはない。ギガなら戦えるだろうか? 万全の状態で五分か? いや、それ以下かもしれない。奴には絶対の切り札があるからだ。死竜の背中のファンが回った。
 大気中の粒子が、恐ろしい勢いで吸い込まれていく。直後、光の奔流がギガとアロザウラー隊を飲み込んだ。大口径荷電粒子砲。ジェノやBFの粒子砲とは桁違いのエネルギーの渦。光が消えた後、残ったものはEシールドを張ったギガと、その背後にいたデューのアロザウラーだけだ。他は、すべて消滅した。
 現実離れした破壊力。恐怖で理性が飛びそうになる。すぐに第2射がきた。耐えるギガ。だが3射目の直撃で、ギガのジェネレーターが悲鳴をあげた。限界だ。もう、シールドは張れない。

 ギガが死ぬ。そう思った瞬間、デューはアロザウラーと共に跳躍していた。死竜を倒す。自分のミスを償うために。惚れたゾイドを守るために。
 飛んだ先に死竜の鼻っ面があった。超重装甲には歯が立たなくても、コクピットなら潰せるかもしれない。アロザウラーが、電磁牙を剥いた。だが、特殊繊維の強化キャノピーだ。砕く前に迎撃ビームがきた。至近距離だ。全身の毛が逆立つ。

 かわせた。さっきまでのちぐはぐさが嘘のようにアロザウラーが動く。たとえゴジュラスでも、パワーでデスザウラーには勝てない。アロザウラーのフットワークが、今は本気でありがたかった。そんなデューの思いに応えたのかもしれない。バランスを崩しながらも爪を立て、振り落とされないようデスザウラーの背を滑り下りていく。
 目の前に、荷電粒子吸入ファン。死竜の内部回路に直結したほとんど唯一の弱点が、手の届く場所にあった。信じられないような幸運。勝機は、この一瞬しかない。2連ビームと火炎放射を同時に叩きこむ。ファンを守るように装備された死竜の4門の砲塔から反撃がくるが、トリガーは緩めない。一撃ごとに、アロザウラーの装甲板が弾け飛んでいく。右腕がちぎれ、キャノピーも砕けた。
 
「頑張れ、相棒!」
 
 無意識にデューは叫んでいた。その瞬間、吸入ファンの内部が激しくショートするのが見えた。黒煙、そして炎が吹き上がる。デスザウラーの巨体がのたうった。だが、アロザウラーも耐え切れず振り落とされ、地表に叩きつけられた。衝撃で左足が折れる。ヘルメットと6点式のシートベルトで固めていたデューも、意識が飛びそうだ。その朦朧とした目に、苦痛と怒りに耐えて起き上がろうとするデスザウラーが映った。巨大な爪が、アロザウラーに向けて振り上げられていく。逃げられない。愛機は満身創痍で、デューには操縦桿を引く力さえない。
 
 だが絶望の中で、どこかデューの心は晴れやかだった。デスザウラーをここまで追い詰めたのだ。ゴジュラスにもできないことだ。ギガは守りきれなかったが、それでも生き残れるチャンスくらいは作れたはずだ。誇っていい。自分と、自分の愛機を。そう思って目を閉じた。
 その瞬間、同時に3つのことが起きた。デスザウラーの腕が振り下ろされ、怒りで無防備に間合いに入ったデスザウラーの吸入ファンにギガの長大な尾が突き刺さり、アロザウラーのコクピット射出装置が自動的に作動した。デスザウラーとアロザウラーは死に、ギガとデューは生還し、そして翌日クック要塞は共和国軍の手に落ちた。
 
 
 さらに5日後。傷の癒えたデュー・エルド大尉は、自ら志願してアロザウラー隊を率い、要塞北部の守りについた。新たな愛機の中で、デューはゾイドの不思議を思う。自らの意思で乗り手を選び、時に自らの命を捨てても乗り手を守る機械獣の不思議を。
 
 右に激戦の跡地が見える。デューは静かに敬礼した。後悔と感謝の意をこめながら。

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