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ゴルヘックス

ZAC2106年厳冬期 中央大陸ライカン峡谷

 神々の神殿のようにそびえ立つ中央山脈。ライカン峡谷は、この山脈に隔てられた中央大陸デルポイの東と西を結ぶ、数少ない通行路のひとつだ。かつて大陸東部をヘリック共和国が、西部をゼネバス帝国が支配していた頃、ここは常に最前線だった。ネオゼネバス帝国が大陸のほぼ全域を制した今も、東西の交通の要所としてその重要度は変わることはない。

▲共和国陸軍少佐

  ウィナー・キッド

▲共和国陸軍伍長

 バディター・ロウエン

 厳冬のZAC2106年2月。氷の結晶で覆われた谷が、昇ったばかりの朝日を浴びて幻想的にきらめいている。そんな景観も、俺には何の慰めにもならなかった。何度目かのため息が出る。
 
「帰ったら、軍法会議ものだぜ…」
 砲撃装備を施した愛機ライガーゼロ・パンツァーのコクピットから、隣に並ぶもっそりとしたゾイドに目をやる、RZ-066ゴルヘックス。ゴルドスに代わる、共和国軍の新鋭電子戦ゾイド。俺を巻き込んだ当の本人は、あの中でふてぶてしく洟でもすすっているに違いない。いつものように…。

 俺の名はウィナー・キッド。共和国軍閃光師団のパイロット。一応、階級は少佐ってことになっている。
 で、ゴルヘックスのパイロットが共和国陸軍伍長バディター・ロウエン。俺の幼馴染だ。二等兵を体験したいという、それだけの理由で卒業間近の士官学校を飛び出し、軍に入った変わり者。

 だから俺達の間には、天地ほどの階級の開きがある。だが白状すると、俺はこの幼馴染には昔から頭が上がらない。何をやらせても、バディターはトップ以外の成績をとったことがないのだ。天才のデパートみたいな奴。今は重砲隊でガンブラスターに乗っているが、ここでもエース。
 
「射程内の敵に弾が当たらない方が不思議」
 
 それがバディターの口癖だ。欠点は、子供並みの腕力しかないこと。あと、一般常識が通じないってことか。だから俺は、司令部の許可のない2人だけのこの奇襲をもちかけられた時も(非常識さという意味では)それほど驚きはしなかった。バディターの言い分はこうだ。
 
「共和国軍にとって最大の脅威はダークスパイナー。あのジャミング攻撃をなんとかしなければ勝ち目はない。止める方法は2つ。ジャミング波を防ぐか、消すかだ。防ぐには、重要な回路と配線を絶縁体でコーティングすればいい。帝国軍ゾイドや共和国軍の最新鋭ゾイド、ゴジュラスギガにはこの方法がとられている。
 だが、手間とコストは莫大だ。中型・小型ゾイドに標準装備するのは、今の共和国軍には不可能と言っていい。ならば、消すしかない。ジャミング波は電波だ。そこに位相を変えた同じ周波数の電波をぶつけてやれば、互いに打ち消しあい、電波は無効化する」
「スピードもパンチ力も同じ奴が殴りあえば、相討ちになる…ってことか?」
 
 理数系に弱い俺のコメントを無視して、バディターの言い分は続いた。
「それができるのはゴルヘックスだけだ。だから司令部と技術部に進言した。戦闘ゾイドの生産を止めて、ゴルヘックスの量産を優先しろとね。だが、拒否された」
 当たり前だ。砲撃屋の伍長が生産体制の進言? 司令部もたまげたろうぜ。
 
「机上の空論だそうだ。ダークスパイナーの周波数域は広い。出力が桁違いなんだ。次々に周波数を変えられたら、防御側は対応しきれない。それが技術部の結論だ。でもゴルヘックスならやれる。あいつのクリスタルレーダーの反応速度と解析力なら、こっちの機能が狂わされる前にカウンターを当てられる。ボクが試作した増幅用のブースターさえ付ければね」
 相変わらずの自信家ぶり。
「で、どうするつもりだ?」と俺。
 
「空論だと言うなら、実戦で証明する。ボクとキミで、ダークスパイナーと戦う。ライカン峡谷の定期便(帝国軍補給部隊)に奇襲をかけるのさ」
 
 そんなわけで俺は、バディターと機首を並べてライカン峡谷を見下ろしている。峡谷への襲撃は、司令部から堅く禁じているのにだ。共和国軍の度重なる奇襲に業を煮やした帝国軍が、補給部隊の護衛にダークスパイナーを付け始めたからだ。
 最近では、ディメトロドンまでいるらしい。先に発見されたら、袋叩きにあうのはこっちの方だ。
 
「軍法会議より、命の心配が先だな」
 割のあわない命令違反。それでも付き合ったのは、俺もバディターと同じ意見だったからだ。ダークスパイナーを止めない限り、共和国軍に勝ちはない。
「ボクのブースターを付けたゴルヘックスだよ。先に見つけるのはこっちさ」
 
 あきれるほど自信たっぷりのバディター。その声が、不意に緊張した。
「きた! 右30度、仰角3度上げで主砲発射!」
 何重にもうねった谷の、あの向こう? なんでそこまで正確に位置が分かる?
「遅いよ! 左コンマ2度修正、仰角コンマ1度下げ!」
 半信半疑で伍長殿の言うとおりにトリガーを絞る。轟音。愛機の主砲が火を吹く。数秒後、谷の向こう側に火柱が上がった。命中。それも直撃だろう。
 
「次! 左コンマ5度修正、仰角コンマ2度下げ!」
 また当たった。3機目も、4機目も直撃。俺は舌を巻いた。ゴルヘックスよりバディターを量産した方がいい。できるもんなら。
 5機目を潰したところで、敵が谷の死角から躍り出た。補給部隊の護衛ゾイド。残りは5機。ダークスパイナーも1機いる。
「こっからは射撃を誘導する余裕はないよ。ジャミング波にカウンターを当てるので精一杯だからね。ダークスパイナー以外は、きっちり潰してよ」
 
 伍長殿の操り人形だった俺に、やっと見せ場がきた。任せとけ。きっちりダークスパイナーと対マン張らせてやる。好きなだけ実戦データを取りやがれ。
 主砲の連射。ムダ弾なしとはいかなかったが、ダークスパイナーに白兵戦の距離まで詰められた時には、奴の味方を一掃していた。面目躍如。だが、肝心なのはここからだ。この至近距離で、ジャミング波を防げなければ実験成功とは言えない。
 
 ダークスパイナーが、風をまいて突撃してくる。格闘能力もジェノザウラー並みという強敵。重いパンツァー装備では対抗できない。俺は、リスクは覚悟で装備を捨て、素体で迎え討つつもりだった。だが突然、パンツァーがよろめいた。装備も外せない。操縦桿を力まかせに引くが反応なし。
 ダークスパイナーの強烈な体当たりに吹き飛ばされながらゴルヘックスを振り返る。バディター自慢のブースターから、煙が上がっていた。オーバーヒート?冗談だろ? こんな時に。


 それからたっぷり2分間、俺とパンツァーは念入りにいたぶられた。叩かれ、踏まれ、噛まれた。ブ厚いパンツァーの装甲がなかったら、とっくに死んでる。だが、まだ死ねない。バディターの逃げる時間を稼ぐまで。奴さえ無事なら不完全なブースターも必ず完成する。

 そんな健気なことを俺が考えていたのに、だ。バティターがまた意表をついた。ゴルヘックスで、俺と敵の間に割り込んできたのだ。バカか? 戦闘能力のほとんどない電子戦ゾイドで何をする気だ。昔から、ケンカ沙汰は俺の役目のはずだろう?
 ダークスパイナーの爪が、ゴルヘックスのコクピットを掴み、ゆっくりと力をこめた。砕けていくキャノピー。
 
「バディター!」

 

 俺は絶叫していた。だが、その声は耳をつんざく爆発音にかき消された。ゴルヘックスが自爆したのだ。半端じゃない火薬量。最初から機体に仕込んでいたとしか思えない。ダークスパイナーは大破。奴より2倍厚い装甲のおかげで、パンツァーは辛うじて動けるようだ。
 だが、ゴルヘックスは姿さえ留めていない。俺は残骸の中に飛び込み、必死で瓦礫の山を崩した。恥ずかしいが泣いていた。その俺の背に、とぼけた声が飛んだ。
 
「何してんのさ、ウィナー」
 バディターだった。右手にゾイドの遠隔操縦器を持っている。
「知ってる、ウィナー? ゾイドも与えられない二等兵は、貧弱な武器と、用心深さだけで生き延びるんだよ」
 
 そう言って洟をすすり、わびるように残骸をなでた。左手には、さっきの戦闘データを収めたディスク。やっぱり俺は、この幼馴染には一生頭が上がらないらしい。
 
 だが、不思議と気分は悪くない。
 そう。軍法会議さえ恐くない気がするくらいに。

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