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シュトルヒ

ZAC2106年春 フロレシオ海・地図にない島

 サファイア・トリップ中尉の眼下でレイノスの編隊が1機、また1機と堕ちていく。襲いかかっているのは、帝国軍空戦用キメラ・フライシザース。レイノス1機に対して5機から6機の群れで殺到していく。
 高度800メートル、共和国空軍の誇る主力戦闘機レイノスといえど、この高さでは性能のアドバンテージはほとんどない。本来、1万メートル以上の高々度で真価を発揮するゾイドなのだ。対空ミサイルも既に射ち尽した今、数の差がそのまま両編隊の戦力差だった。
 
 1機のレイノスに向かって、左上方から2機のフライシザースがダイブした。別の2機が頭上を押さえている。右に旋回するレイノス。そこに5機目のシザースがいた。真正面。マッハ3を超える相対速度で、巨大な爪と牙がくる。
 レイノスのパイロットが、信じられないという顔をした。このスピードで格闘戦を挑んでくるには侵入角度が深すぎる。特攻としか思えない。一瞬後、衝突。2機は炎上、四散した。

▲シュトルヒアントラー
シュトルヒには、旧式機ゆえの利点がある。改造や武装変更に対するキャパシティの広さだ。シュトルヒアントラーは、帝国軍の人工ゾイド核搭載ゾイド「キメラブロックス」を指揮するための、大型プラズマアンテナ装着機である。

▲帝国空軍中尉

 サファイア・トリップ

▲帝国空軍大尉

 アクア・エリウス

「ちっ」
 
 通信機ごしの舌打ちを聞いて、サファイアは高度1500メートルで旋回する僚機を見やった。シュトルヒ。サファイアの愛機と同じ、プラズマブレードアンテナを装備した改造機だ。
 
「どうかしましたか、大尉?」
 またか、という思いを呑みこんで、サファイアは努めて冷静な声で、彼女の上官アクア・エリウス大尉に呼びかけた。
「どうしただ? おまえこそ、これを見て何も思わねえのか?」
 低く、かみ殺したような声が、かえって深い怒りを感じさせる。
 
「味方は優勢です。喜ぶべきかと思いますが…」
「これはゾイド乗りの戦いじゃねえ!」
 
 もともとアクアは血の気の多い士官だ。だが彼のこの言葉は、ほとんど全てのゾイド乗りの思いを代弁している。今、この星の戦いの形が、ゾイド乗りの望まぬ方向へと大きく変わろうとしていたからだ。
 
 発端は、数年前に生まれた新たなテクノロジー。人工ゾイド核が開発されたのだ。これは戦闘ゾイドの生産に、野生ゾイドを必要としなくなったことを意味する。低コストで、大量生産でき、個体差による性能のバラつきもなく、機体とパイロットの精神リンクも必要としない、誰にでも扱える人工ゾイドが造れるようになったことを意味するのだ。
 
 このテクノロジーに、ネオゼネバス帝国司令部は飛びついた。いや、それだけに止まらず、自動操縦システムを組みこんだ無人ゾイド(コードネーム・キメラブロックス)までも生み出した。確かにキメラは、経済力も兵力もまだ弱い新国家ネオゼネバスにとって、理想的な兵器だ。だが、無人機ゆえの問題もあった。単独での戦闘には対処できても、部隊としての統一行動がとれなかったのである。
 
 キメラを率いる指揮ゾイドが必要だった。コントロール波でキメラ部隊を統率する有人ゾイドが。そして、開発された指揮ゾイドのひとつが大型プラズマアンテナを装備した改造シュトルヒであり、そのテストパイロットとして選ばれたのがアクア・エリウスとサファイア・トリップである。シュトルヒで共和国勢力エリア上空を侵犯し、敵機を実験基地のある無人島空域までおびき寄せ、飛行キメラブロックスのフライシザースを指揮して叩く。この実戦テストが、2人に与えられた任務であった。
 
 また1機、レイノスが堕ちた。4機目。残りは2機だ。一方、フライシザースの損害は10機。実戦テストは大成功といえた。たとえ2倍以上堕とされようが、生産コストは10分の1以下(パイロットの損耗を除いてだ)なのだ。やがてキメラの大軍団が、この星のあらゆる戦場を埋め尽くすだろう。戦士のいない冷たい戦場を進軍していく無人機の群れ。サファイアの脳裏には、その光景がありありと浮んでいた。
 アクアは、あれきり黙したままだ。
 
「ゾイド乗りのプライド…か」
 地球移民の4世であり、惑星Zi人とは違う価値観をもつサファイアには、理解はできても共感できない感情だった。地球人の漂着によって技術レベルだけが突然変異のように飛躍した惑星Zi人だが、彼らのメンタリティは、まだ中世の香りを濃く残している。宗教にも似た獣神崇拝文化と、野蛮さと、騎士の魂を持ったまま、1000年後の技術を手にしてしまった者たちなのだ。また、そういう魂がなければ優れたゾイド乗り、ゾイドとの深い精神リンクで結ばれたパイロットにはなれなかったのだ。少なくともこれまでは…。
 
 ピーッという監視モニターからの突然の警告音が、サファイアのほんの束の間の思考を遮った。1機のレイノスが、フライシザースの囲みを突破したのだ。
「まずい」
 今、フルスロットルをかけられたら、フライシザースやシュトルヒのスピードではレイノスに追いつけない。ジャミングエリアの外に出られて通信されたら、この空域でのテスト続行は不可能になる。だが、なぜ包囲網を抜けられた?
 
「あの野郎…」
 
 通信機からアクアの声。さっきとは違う、驚きと喜びが交じった声だ。それを無視して、サファイアは辛うじてレイノスの進路に回りこめるフライシザース3機編隊をインターセプトコースに乗せた。
「頭を押える。全開にはさせない!」
 
 だが上昇するどころか、レイノスは逆に高度を下げた。高度500、400、300。さらに下降。マッハ0.8で。そこから急減速。水面ぎりぎりで左旋回した。信じられない操縦。引き起こしが間に合わず、2機のフライシザースが水面に激突し、残った1機も失速したところをビーム掃射で墜とされた。
 コントロールテストを重視するあまり、フライシザースには格闘兵器しか装備していない。それが裏目に出た。あの戦法でこられたら誘導操縦しきれない。だが、あんな操縦が可能なのか? あのスピードで、強烈なGの中で、あれほど正確な操縦が?
 
「だめ、間に合わない」
 もうレイノスに追いつく方法はない。呆然と呟いたサファイアは、一瞬後さらに目を見張った。レイノスが反転したのだ。その進行方向には、フライシザースの包囲に残されたもう1機のレイノスがいる。それを救う気だ。フライシザースはまだ、30機も残っているのに。
 
「サファイア、シザースを下げろ! 大事なオモチャが残らずスクラップにされるぞ!」
「なにを…」
「分からねえか? あれは本物のゾイド乗りだ。
 本物が乗ったゾイドはオモチャじゃ歯が立たないんだよ!」
 
 突然、アクアのシュトルヒがダイブに入った。

「奴は、俺がやる」
「指揮装備のシュトルヒで? 無理です!」
「向こうさんだってボロボロじゃねえか。それにこの高度ならレイノスが相手だろうが…、やれるよ!」

 高度1500からの、マッハ2を超えるダイブ。アクアもまた、あのレイノス乗り同様まともじゃない。たちまち、もつれあう2機。上になり、下になり、旋回する。まるで、音速で舞うダンスのようだ。激しく、優雅で、血生臭くて、美しい。
 
 技術は進歩し続ける。より合理的に。
 キメラはより強く進化し、コントロールの問題も解消されるだろう。やがて。

 

 そう思いながらもサファイアは、2人のゾイド乗りの舞いに魅せられていく自分を止めることができなかった。

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