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アルダンヌ会戦(前編)

ZAC2032年

 惑星Ziに地球人がやって来て以来、共和国、帝国、双方の兵器の近代化、ハイテク化が急速に進んだ。かつて野獣だったゾイドたちは科学兵器で武装し、その操縦もコンピュータナイズされ、完全な戦闘メカへと変貌していった。

 勇気と直感がモノを言ったかつての戦いから、情報と指揮系統の統一がモノを言う近代戦の時代へと転換してゆく。その事実を兵士たちが目の当たりにしたのが「アルダンヌ会戦」だった。

 


 アルダンヌの森は、不気味にざわめいていた。風は吹きあれ、雲は低く垂れ込めている。時折雲の間から稲光がはしり、遥か彼方の山裾を照らしている。
 ヘリック共和国陸軍・第2師団突撃大隊・第3分隊長・バラン大尉の乗り物は指揮用ゴルドス。先ほどから丘陵地帯の一角にとどまっていた。
 ゴルドスの全身には、緑色の濃淡で迷彩がされ、胴体から10本の通信用アンテナがつき出ている。背中には司令室が取り付けられていた。室内ではバラン大尉と副官、そして通信士が、偵察に出たグランチュラからの連絡をじっと待っていた。

 ゾイド暦2032年10月。50年以上にも及ぶヘリック共和国とゼネバス帝国との戦いは、相変わらず一進一退をつづけていた。

 ゾイド大陸中央山脈の高峰、万年雪をかぶったホワイトロック山に連なる山々。その一つのふもとにダリル高原があり、西側一帯の鬱蒼たる森林が、アルダンヌの森。森の西半分は凹凸の激しい丘陵地帯となり、ジョラタン峡谷へと繋がっている。峡谷をくだると、やがて草原地帯へ。その先は、トビチョフ川が蛇行するタイガ(寒帯森林)地帯である。

▲移動中の敵を偵察に飛び立つグライドラー(上)。しかし消息を絶ったため、高速偵察用のペガサロスが発進した。

 ゼネバス帝国軍の大部隊が、このタイガ地帯のはずれを移動中との情報が入ったのが4日前。ただちに数頭のグライドラーが偵察に出たが、すべて消息を断ってしまった。次に高速飛行用に改造されたペガサロスが偵察に出たが、悪天候のために引き返したのだった。  

 

 毎年この頃になると、中央山脈の反対側、ウィルソン平原からの暖

かい風と、ジョラタン峡谷に沿って吹きつけてくる冷たい風とがぶつかりあって、この地方はかならず嵐になるのだ。 

 はじめに偵察にでたグライドラーも、突然起こった嵐に巻き込まれたか。それとも帝国軍の対空砲火にやられたか、それはわからない。

 

 だが、その2日後、情報収集のため、嵐をついてジョラタン峡谷をくだっていったゴルゴドスは、谷の入り口近くで、盛んに飛びかう帝国軍の暗号無線をキャッチ。しかし、報告後、やはり行方不明となった。敵に発見され、攻撃を受けたのだろうか。

 とにかく、この嵐にまぎれて敵の大部隊が峡谷をのぼってきているのは、まず間違いなかった。

 現在、帝国軍は、無線の使用をやめているらしい。傍受のためのスピーカーからは、はげしい雑音が聞こえるばかりだ。バラン大尉は少しイライラしていた。
 
(第2師団長・ターナー少佐からの援軍は、まだダリル高原のはるか後方だ。こうなったら自分の第3分隊だけで、敵が峡谷から出てくるところを叩くしかない。布陣はほぼ完了したというのに、ゴジュラスにはこまったものだ。あの大きなヤツが動きまわっていたんでは、帝国軍の偵察隊に簡単に見つかってしまうぞ……)

ゴジュラスはまだか

 もともとゴジュラスは自意識が強いメカ生体だ。それだけに、普通の状態でも操縦が難しく、パイロットはゴジュラスの気まぐれに泣かされていた。それが、興奮しているとなると尚更だ。戦力は敵のほうがはるかに大きい。待ち伏せが見つかったら最後だ。


 雷が激しくなり、大粒の雨が降りはじめた。風も強い。
「ありがたい」
 と、大尉は思った。
 このひどい天候では、相手の偵察力も半減するだけに、バラン大尉は大きく息をついた。

▲兵員輸送用に改造されたハイドッカーも、作戦に加わるため準備を急いでいる。

 ジョラタン峡谷に繋がる3つの谷。そこに、それぞれ1頭ずつの偵察隊グランチュラ。真中の谷に繋がる丘の斜面に配置された、切りこみ隊のスパイカー5頭、遊撃隊ゴドス3頭。そして、丘の頂上付近に指揮用ゴルドスが位置している。そのやや後方、丘のむこうに身を隠すようなかたちで、2頭のゴルゴドスが配置についていた。
 ゴルゴドスはもともと偵察用なのだが、この作戦では、胴体両側に連射ロケット弾ポッドをつけて、支援任務についている。さらに3頭の人員輸送用ハイドッカーが、それぞれ10名ずつの歩兵を乗せて、ゴルドスの前方にいる。
 しかし、攻撃力の要であるゴジュラスだけは、まだだった。
「大尉、いまのうちに少し休まれてはどうですか」
 副官の言葉にバラン大尉はうなずくと、楽な姿勢で座席に座り直し、目を閉じた。

(ゴジュラス、早く配置についてくれ。おまえが頼りだからな。
 そういえば……、ジョーは元気にやってるだろうか。

 グローバリー3号とかいう地球の乗物がとつぜん大空からふってきたのは2年前だった。オレは当時、偵察隊を指揮して、中央山脈にある敵の前線基地をさぐる任務についていた。
 偵察に出て2日目だったか。夜明けとともに前進を開始した我々は、敵の偵察隊を発見。捕まえようとしたが失敗して、やむなく撃ちあいになったのだった。

 いま思えばオソマツな武器だったなあ。1日中戦っても、決着がつかない。夕日が沈むころ、やれやれ、陽が沈めば休戦だと思っていると、とつぜん、ものすごい音が耳に飛びこんできた。
 それまで戦いに夢中で、気がつかなかったのだろう。音のするほうを見上げると、見たこともない巨大な物体が、我々のほうをめがけて飛んでくる。耳をやぶるような大音響、体が熱くなる。と、頭上をこえて、その巨大な物体は、中央山脈中腹の平地へとつっこんでいった。大地をゆるがす大きな衝撃。オレは足をとられ、ぶったおれていた。
 もう戦いどころではなかった。オレは部下に、飛行物体の調査を命じると、一目散に落下地点へ駆け出していた。オレはそこで地球人に出会った。)

(我々と同じような体つきをした彼らを見たとき、かつて、この中央大陸を襲ったという、暗黒大陸の謎の軍団かと身震いした。
 しかし、様子がおかしい。戦いをしかけてくるでもなく、物体から出てくる生き物は傷付き、身を守るようにひとかたまりになっている。とにかく本隊に連れ帰ろうとした。ここでもゼネバスの偵察隊と彼らを奪い合うはめになった。彼等の悲鳴がひびく。なにを喋っているのか、わからない。その中で、ひときわ大声で叫んでいたのがジョーだった。
 帝国側へ連れ去られた仲間のほうへ、必死で駆け出そうとする。それをおさえる部下。あれが親子の別れだったとは……)

(地球人の言葉がわかるようになると共和国は一変した。地球人の技術がどんどん取り入れられ、武器も強力になった。メカ生体だって戦闘力は増す。一日中休まずに使用できる……。 戦いは死者を多く出し、残酷になってしまった。かつてのように、全民族が仲良く暮らしていた時代は、もう戻ってこないのだろうか……)

 

(それにしても、ゼネバス帝国側までが、地球人の手で武装強化されていたとはな。帝国に潜入した偵察員や、共和国にいる地球人の話から考えると、どうも、あのグローバリー3号の運命を変えた、冒険商人らの仕業のようだ。どこにでも、悪いやつらはいるもんだ……

 ジョーに2度めに会ったのは、ヤツがゴジュラス用の乗務訓練を受けているときだった)

 雷雨が激しくなる。窪地にいるグランチュラのコクピットの中で、パイロットは緊張していた。待ちぶせである以上、むやみにレーダーはつかえない。逆探知される恐れがあると地球人技術者から強く注意されていたからだ。

 グランチュラの広角調音器とパッシブ・レーダー(相手の出す電波ををとらえるレーダー)、それに自分の目がすべてなのだ。しかし、外はほとんど見えない。聴音器からは木の葉を叩く大粒の雨の音が入ってくるだけだ。
 ボリュームを少し絞ったパイロットは、熱源探知機がつかえるよう、グランチュラの姿勢を少し高くした。
「やれやれ、中腰だ。かわいそうだが、しばらくがまんしてくれ」
 パイロットはグランチュラを労った。

 

 森の奥で、なにかが動いた気がした。パイロットは熱源探知機をチェックする。たしかに移動している。夜行性動物かもしれない。

 静かにグランチュラの姿勢を低くさせると、パイロットは風防カバーをあけて、外に飛び出した。雨が横なぐりに吹きつける。土がやわらかくて走りにくい。おまけに木の根や枯れ枝が足にからみつく。

 

 なにか大きなものが視界を横ぎった。帝国側の偵察用マーダだ。迷彩され、背中では小型レーダーがグルグルまわっている。コクピットの風防は共和国側のゾイドと同じように、上半分が透明で、視界を広くとっていた。

 マーダが視界から消えたところで、パイロットはトランシーバーのスイッチを入れ、打電ボタンをおした。稲光がはしり、はげしく雷鳴がとどろく。グランチュラにもどったパイロットは、コクピットに飛び込んだ。 静かにグランチュラをおきあがらせたとき、広角聴音器から木をふみたおす音が入ってきた。熱源探知器に反応が3つ。風防カバーを少しあげて、赤外線双眼鏡でのぞく。

 

「いた、ゲルダーだ」

 

 ゆっくりとグランチュラを、窪地から後退させて、パイロットは、

『敵発見、攻撃隊確認』

の短い暗号を、ふたたびバラン大尉に打電した。

 

敵を包囲網に入れろ!

「大尉、入電です。左手の谷です」
通信士の声で、バラン大尉は我に返った。
「規模は」
「まだです。現在、脱走中と思われます」
「第2報、入電。偵察用マーダ2、ゲルダー3、後続部隊の存在は未確認、以上」
「警報を出しますか」と、副官。
「もう少し待ってみよう。先に入ったマーダが、スパイカー隊のラインに近づくのはいつごろだ」
 バラン大尉の声がひびく。
「直進していれば、15分後です」
「その時点では少し早いな。スパイカー隊にまかせるとしよう。
 とにかく、できるだけ多くの敵を、包囲網の中に入れるんだ。ゴドス隊に伝令をだせ。谷の入り口を挟みこむ位置に進出させるんだ」

 副官は司令室からでると、ゴルドスの横で警備中の兵士に指令を伝えた。まもなく、3名の兵士が伝令として、闇の中へ消えていった。バラン大尉はそれをジッと見つめていた。
 

(それにしても、地球人がくっつけた装置はどうだろう。たしかに、戦闘兵器として、メカ生体を強化した。運動力を強くするパワーアシスト。瞬発力を10倍ほどにする、エネルギーブースト。武装だって、前とは比べ物にならないほど強力なものになって、我々もはじめは喜んだ。
 地求人だって胸をはって、
 『この装備があれば、勝利はあなたがたのもの、戦いはすぐに終わりますよ』
 などといってたものだ。だが、実際はどうだ。地球人たちは、メカ生体を生体ではなく、機械として見ていたんだ。
 地球では金属に生命はなく、人間の道具として利用されているという。しかし、ここはゾイド星。オレたちとメカ生体とは、同じ生き物なんだ。強力だが、重い武装をされ、むりやり走らせられる身を考えれば、だれだってわかりそうなものだ。オレたちだって、この新装備のあつかいに、まだ慣れていない。これまでにケガ人だって、どれだけ出たことか。

▲人間の助けでメカ生体も武装を強化されたが、やられた死骸は無惨なものであった。

 本当なら、こんな危なっかしい装備は外したほうがいいんだが…。帝国側が、我々以上にメカ生体の武装を強化しようとしてるとなると、そうもいってられなかったからなあ。
 とにかく、パワーアシストやエネルギーブーストに、我々もメカ生体も、慣れるしかないんだから、困ったものだ……)

 雷鳴がとどろき、風が激しく立ち木をゆさぶる。その中で、じっと動かないものがある。スパイカーだ。パイロットはコクピットの中で、軽く目をとじていた。この雨ではいくら目を凝らして、外を見ても意味はないからだ。
 だが、不意にピンとくるものがあった。目をあけて、コントロールレバーを押す。姿勢を低くしていたスパイカーが、ゆっくりとおきあがった。パイロットは、ふと思いついて、スパイカーのコントロールをはずした。近くに何かいる。スパイカーの攻撃本能に任せるのだ。
 ゆっくり身構える、スパイカー。

 目のまえの木が、ガサッとゆれた。偵察用のマーダだ。おどろくマーダのパイロットが見えた瞬間、スパイカーのハイパーサーベルが横殴りにふられた。
 マーダの頭がズシンと落下。爆発はしない。

 パイロットは『偵察用マーダに接触、倒す』の暗号を送った。
 

帝国側の照明弾だ

 同じころ、バラン大尉は偵察隊のグランチュラから、『敵の集団発見』の暗号を受けていた。 いよいよ一団が、谷から出てきたようだ。情報を総合すると、どうやら先発隊のようだ。

「よし、警戒暗号を出せ。待ちぶせはそのまま、敵をできるだけ近づけろ」

 

 とつぜん、森でビーム砲の発射音がしたかと思うと、爆発炎上するのが見えた。

 森全体が明るくなる。戦闘がはじまったようだ。いくつかの火玉が花火のように、垂直にのぼっていく。帝国側の照明弾だ。

「やれやれ、見つかったな。やむをえん、無線封鎖解除。スパイカーは退かせろ。敵の位置をたしかめ、ゴルゴドス隊は攻撃準備。ゴドス隊は現在地を確認のうえ、そこにとどまらせろ!」

 バラン大尉の命令が飛ぶ。

「ゴジュラスはどうした!どこにいるんだ!」

「現在急行中」

「急がせろ!敵の本隊を拝むまえに、顔を見せるんだ」

 

 丘のむこうから数10本の火玉があがり、放物線を描いて落下していく。 対地攻撃用に改造されたゴルゴドスの、ロケット弾攻撃がはじまったのだ。森の一角へ、次々とすいこまれていく。6頭の攻撃用マーダとゲルダー4頭が、ことごとく粉砕された。

▲ゲルダーと向かい合うゴドス。左に体をかわしながら、ゲルダーの隙を伺う。

 残った2頭の攻撃用マーダとゲルダー1頭が、あわてて谷の方へひき返す。そのまえに、ヌッと立ちふさがった遊撃隊ゴドス3頭。

 ウエイトの軽いマーダは、ゴドスの体当たりや足払いで、バランスを崩す。たちまち組み伏せられて、バルカン砲を撃ち込まれ、機能停止。

 

 ゲルダーと正面で向かいあう形となったゴドスは、とっさに左に体をかわしていた。2門の電磁砲と3門の衝撃砲をまともにくらっては、ひとたまりもないからだ。

 左にまわりながら、尾の一撃をコクピットに。ゲルダーがたじろぐスキに、側面から攻める。片方の電磁砲と前足に手をかけ、いっきにひっくり返した。腹部にバルカン砲を撃ち、勝負はついた。

 

「損失はスパイカー1頭、ガイサック2頭で修理可能。パイロットは1名死亡、……」

 副官の報告をうけたバラン大尉は、

「敵の兵力は偵察用マーダが2、攻撃用が8、ゲルダーが5だったわけか。偵察用マーダ1頭を取り逃がしているが、こちらの全戦力はわかるまい……。主力部隊が警戒して、しばらく動かずにいてくれるとありがたいのだが。派手な花火もうちあげたことだしな。

 なに、ゴルゴドスが1頭腰をぬかした?兵員輸送用ハイドッカーと交代させろ。

 ところで偵察隊はどこにいる」

「峡谷の入り口まで進出しています」

 

 捕虜をしらべるため、大尉は外に出た。あいかわらず風雨が強い。ちょっと前までは、こんなに苦労して夜戦なんかすることはなかったがなあ、と大尉は思っていた。

 

(これまで最大の戦いといわれた、砂漠の戦いにしても、いまから思えばのんびりしたものだった。もっぱら戦いは昼間だけ。夕暮れともなると自然に兵をひきあげた。メカ生体どうしの戦いは、格闘戦が主体だった。飛び道具は、命中率のあまりよくない火薬式の大砲か、原始的なロケット弾くらいしかなかった。

 地球人のもちこんだビーム砲やミサイルは、メカ生体を一撃でバラバラにしてしまう。それにあの命中率。たちまち、戦いは一変した……。

 レーダーの発達で、夜間戦闘も昼間と変わらないくらいにできるようになり、おかげでこんな天気の真夜中に大乱戦だ)

 

 バラン大尉は、不機嫌に、捕虜のいるテントへ入っていった。

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