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共和国首都を守れ

ウルトラザウルス対デスザウラー

ZAC2044年

 一匹の怪物が共和国の大地を横切っていた。デスザウラーという名の怪物である。
 ゴジュラス部隊全滅のニュースはすべての共和国国民を震え上がらせた。しかも、その敗北をもたらせたのがたった一台の敵ゾイドであることが、人々の恐怖に拍車をかけた。
 共和国のあらゆるゾイドが立ち向かっていったが、怪物の前進を止めることはできなかった。ついに、怪物の進路の前にいる者たちは、町を捨て基地を捨て、引き潮が岸辺から遠ざかるように避難を始めた。何十万人という人々が、ヘリック大統領の守る首都へ逃げこんで来た。今やデスザウラーとダンカン少尉の前には無人の大地が広がっているかのようであった。


 だが、ここにただひとり、デスザウラーに戦いを挑もうとする男がいた。
 エリクソン大佐である。
 彼は、最後の避難民が共和国首都に入るのを見届けると、部下たちに命じて首都直前の川に架かる橋を次々に爆破させた。残ったのはただ一本の橋だけだった。
「デスザウラーが共和国首都を襲うには、この橋を渡らなければならない」
 
 エリクソン大佐は、部下たちをすべて首都へ帰した。そして、懐かしい愛機、あのEのマークのついたウルトラザウルスに乗り込むと、たったひとりで橋のたもとに陣取った。
「私の最後の戦いになるかも知れん」
 エリクソンの頭の中を、ヘリック大統領とゼネバス皇帝、そして、ダニー・「タイガー」ダンカン将軍の思い出が横切った。
 
「だが、これで、やっと、やりかけの仕事を片付けることができるんだ」 
 運命の糸で結ばれた二人の男、トビー・ダンカン少尉とエリクソン大佐は、ついに出会おうとしていた。

 デスザウラーは、共和国首都に向かう最後の橋にさしかかっていた。橋の周囲のどこにも、共和国軍の姿は見えなかった。一歩、また一歩と、デスザウラーは慎重に橋を渡り始めた。
 
<どこかに敵が潜んでいる>

 度重なる戦いで野獣のように研ぎ澄まされたダンカン少尉の感覚は敵ゾイドの殺気を感じ取った。その瞬間、川底に隠れていたウルトラザウルスが水面を突き破って躍り上がると、猛烈な体当たりを浴びせて、デスザウラーを川へ叩き落とした。

 不意を突かれたデスザウラーは、体勢を立て直す暇もなく、強い流れにまかれて川下へ流れた。

 柔らかい泥と砂に足をとられて、もがけばもがくほど巨体が沈んでいく。橋を乗り越えて素早く後を追ったウルトラザウルスは、デスザウラーに反撃の隙を与えず、4門のキャノン砲を矢継ぎ早に浴びせかけた。

 キャノン砲の直撃に一瞬気を失いかけたダンカン少尉が歯を食いしばって意識を取り戻した時、コックピットを押し潰さんばかりに、ウルトラザウルスがのしかかってきた。迫り来る灰色の巨体には、あのEのマークがくっきりと描かれていた。

「ここにいたのか、ウルトラザウルス!」
 血を吐くようなダンカン少尉の叫びとともに、デスザウラーは水中に沈んでいった。
 
 あらゆる砲撃に耐えるデスザウラーも、水中に引きずり込めば息絶えるであろう、エリクソン大佐の練りに練った奇襲作戦である。5分、10分、20分…。川底でもがくデスザウラーの動きが時とともに鈍くなった。
 
「あと数分で私の勝ちだ」
 エリクソンが心の中で叫んだ時、2本の巨大な爪が水中からゆっくりと伸びてきた。水に濡れて白骨のように光る「悪魔の鉤爪」はウルトラの細い首を鷲掴みにすると、恐ろしい力でバキリとへし折った。そして水面に垂れ下がったコックピットをエリクソン大佐諸共バリバリと握り潰した。

「やったぞ、兄さん!ついに仇をとったぞ!!」

 ダンカン少尉はコックピットのキャノピーを押し開くと、グシャグシャに潰れたウルトラザウルスの頭部へ飛び降りた。兄さんを殺した仇の顔を見届けてやろう。もしそいつがまだ生きているのなら、怨みの言葉を浴びせてやろう。
 ダンカン少尉はウルトラのコックピットから、白い戦闘服の男を引きずりだした。外から見る限り男の体には傷ひとつ無かったが、唇も頬も既に血の気を失っていた。ダンカン少尉は、男の顔を膝の上に抱え込むと、乱暴にゆすり続けた。閉ざされていた男の瞼がかすかに開いた。

「……私を…助け…出して……くれたのか……ありが…とう……」
 途切れ途切れの言葉とともに、男の口の端から細い血の糸が流れ出て、あごから胸に落ちた。ダンカン少尉は、唇をぎゅっと噛み締めて男の顔を睨みつけた。
「きみの…きみの…名…前は?」
 ダンカン少尉は、喉の奥から声を絞り出した。


「トビー・ダンカン!」


 男の瞳の奥に光るものが走り、口元がわずかにほころんだ。
「きみと…同じ…名前の…男を……知って……い…る」
 
 握りしめていたダンカン少尉の拳が震えはじめた。そうだろうとも。お前がバレシア基地で殺した僕の大切な兄さんの名前だ。ダンカン少尉には、もう自分を抑えることができそうになかった。
 その時、男の微かな言葉がダンカン少尉の耳を打った。
 
「私の…知るうち…で……最も…勇敢な…軍人…の名…前だ…」

 驚きが電流のようにダンカン少尉の体の中を走った。何年も探し続けた、憎い、兄の仇の口から、その兄を褒め称える言葉が吐かれたのだ。
 
「もう一度言ってくれ、もう一度言ってくれ」 
 ダンカン少尉は男の耳元で叫んだ。だが男の瞳はすでに何物も見ていなかった。やがて、瞼がゆっくりと閉じられ、苦しげに喘いでいた喉が、動きを止めた。
 共和国軍人、エリクソン大佐の魂は、自らの務めを果たして神に召されたのだった。
 
 ダンカン少尉は、膝の上に眠るエリクソン大佐の顔をじっと見続けた。落ち着きを湛えた目元や、やわらかな髭が、いつの間にか、優しかった兄の顔と重なるのだった。それはまるで、バレシア基地で亡くなった兄が、最愛の弟の膝の上でもう一度息を引き取るために、遠い道を帰ってきたかのようであった。
 
「兄さん、やさしい、やさしい兄さん!」

 トビー・ダンカン少尉は、エリクソン大佐の頭を両腕で抱いたまま、声を上げて泣き始めた。悲しみが彼の髪を掴んで激しく揺さぶり、涙が次々に溢れて来て止めることができなかった。
 それは、バレシア湾のシンカーの甲板で流すはずだった涙、数年間、歯を食いしばって我慢して来た涙であった。

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