top of page

ホワイト・マウンテン

 共和国軍第45特務偵察部隊は森林を進んでいた。いよいよ帝国秘密工場に近づきつつあるようだ。先程から定時パトロールとおぼしきシンカーが姿を見せている。

 

「チッ、我が物顔だぜ……」

 アーマード・スーツを身につけた隊員の一人がぼやいた。その声を聞きつけたかのように上空のシンカーが旋回して、こちらに向かってくる。

「また来たぞ。隠れろ」

 隊長の命令で数人の隊員がサッと樹木の間に身を隠す。センサーに反応しない妨害工作はできているので、こうすれば隊員たちは心配ない。だが、もしパイロットの目があいつを見つけたら……。やがて、シンカーは何事もなかったかのように再び旋回すると西方の空に消えた。

「フゥ……」

隊長は思わず安堵の息をもらした。こうしてやり過ごしたシンカーはもう五機になる。

「よし、進もう。まったくこんなデカブツがよく見つからないもんだぜ」

 

 隊長の声に合わせて、樹木の間から一機のゴジュラスがズウウッとその巨体を持ち上げた。偵察部隊の後方支援として随行しているゾイドである。

 だがその外見は通常のゴジュラスとはかなり異なっていた。特に頭部は非常に小さいコクピットや赤く光る単眼(モノアイ)、装甲の増加などからノーマルタイプのイメージを全く残していない。X-day計画にあわせた実験的機体である事は一目瞭然であった――

 

 今回の作戦はすべて一情報部員からの緊急通信に端を発していた。

"帝国秘密工場において見たこともない巨大ゾイドが建造されつつある"

 

 それは共和国側にとってはショッキングな内容だった。折しもゾイドの性能の大パワーアップを図り、一気に帝国側に打撃を与えんとするX-day計画が進行していた時である。帝国側に先手を取られた形になってしまったわけだ。

 しかも敵の新ゾイドはどうやらゴジュラス・クラスの巨大戦闘機械獣らしい。もはや通常の情報活動ではとてもおぼつかない。"強行偵察作戦指令"が発令され、敵新型ゾイドの概観をつかむべく第45特務偵察部隊が編成されたのである。

 

 隊長ブラントン以下、5名のアーマードスーツ部隊……そして、その後方支援としてゴジュラス一機が投入されていた。これはX-day計画に基づいて大幅に改造されたゴジュラスで、今回の任務も偵察部隊の護衛そのものよりその実戦テスト的意味合いの方が強かった。

 ネオ・ゴジュラスは頭部のコクピット周辺を大幅に改造し、戦闘時のバランス、フットワークを数段高めてある。また頭部の横に設置されたライトニング・ブラスターは敵ゾイドの金属殻をブチ破り、全身の機能を完全にマヒさせる強力な新兵器という事だった。


 ブラントン隊長はゴジュラスのパイロットのジャコリーの事をふと思い出し、思わずニヤリとした。血の気の多い奴のことだ、さぞかしあの新兵器をブっ放したくてウズウズしてるだろうな……。

 偵察部隊は順調にαポイントまで到達した。帝国秘密工場があると思われる予想地点=βポイントまであと2、3km……だが、ここからの敵の防衛システムはますます強力になるだろう。

 

「ここから先はゴジュラスじゃチと厳しい。俺とジェイムス、ザックの三人だけで先行する。ジャコリーはαポイントで待機、有事の際には救援を頼む」

「了解」

 

 ブラントンの命令に対し、ジャコリーの不満気な返事が返ってくる。二人の隊員を残して、ブラントン隊はさらに奥地へと突入していった。

 ゴジュラスはググッと上体を沈ませて、その動きを停止した――

 

 ブラントン隊は小さな川を発見した。ブラントンは川を見つめながら全感覚を集中させる。すると川底の堆積物の中にごくわずかだが工業廃棄物が認められた。

「奴らの基地は上流だな。行くぞ」

 他の二人は疑いもなくブラントンに従った。これが"虫族"と呼ばれる彼の特殊能力なのだ。人間の持つ五感を越えた独特の触覚を持ち、生物が発する電波まで感じ取れるという。その彼の触覚に瞬間! 何か危険なものがビリリとさわった。

「……!! いかん、退け!!」

 だが、この反応は彼にしては遅すぎたようだった。彼らの前方の林の中から一機のレッドホーン――帝国軍主力ゾイドが咆哮とともに姿を現した! 猛烈なスピードでブラントン隊に襲いかかるレッドホーン!!

 

 どうやら偵察用の軽装備タイプらしく背中の突撃砲とビーム砲は外されていた。とはいえまともに戦って勝てる相手ではない。ミサイルポッドで牽制しながら必死に逃げ道を探していたブラントンの触覚にまたもいくつかの新たな危険が飛び込んできた。それはまだ間近ではないにしろ危機感を盛り上げるには十分の距離でメキメキと樹木を折りながら追ってくる…マルダーだ! それも二機!!

 

「ジャコリー! ジャコリー!! お待ちかねの場面だ!!」

 

 ブラントンからの緊急コールを受け取ったジャコリーはネオ・ゴジュラスのコクピットによじ登るとメインエンジンを始動させた。グルルルルッ! という震動。ジャコリーの最も愛する瞬間だ。

「待った甲斐があったぜ!!」

 立ち上がったゴジュラスはもう偵察の目などお構いなしに、その強烈な破壊力でバキバキ障害物を跳ね飛ばしながら進んだ。ゴジュラスがブラントンのもとに着いた時、すでに一人の隊員がレッドホーンの濃硫酸の犠牲になっていた!

「野郎!!」

 ジャコリーはゴジュラスを走らせるとその勢いでそのままレッドホーンにキックをブチ込んだ。ガズン!! レッドホーンの鼻先がひしゃげて折れ曲がった。

 このパワー、突進力が荒っぽいジャコリーの戦法にぴったりで、それ故ゴジュラスは彼のお気に入りだった。だが、レッドホーンは反撃に転じゴジュラスの股間に角を突っこんで上空へとハネ上げた!

 一瞬フッと宙に舞い地面に激突するゴジュラス。その衝撃にジャコリーは思わず悲鳴を上げた。改造で運動性が上がっていなければ頭部(コクピット)を地面にぶつけて死んでいたかもしれない。と、今度は後方からの衝撃が!
 マルダーの砲撃である。二機のマルダーがミサイルを交互に発射しながら迫ってくる。ジャコリーは舌打ちをした。マルダー如き接近戦に持ち込めばゴジュラスの敵ではないのだが、レッドホーンがいては……。
 その刹那、自分の脳裏をかすめた考えにジャコリーは場を忘れて思わずニヤリとした。あいつを使える!! ジャコリーはコクピットの左側にある真新しいスティックのボタンを力いっぱい押した。

 ザシュッ!!

 

 一瞬の閃光だった。だがその閃光は光の矢となってレッドホーンの金属殻を貫き、全身を駆け巡った! 瞬間、レッドホーンの動きがピタリと静止したかと思うと全ての関節から放電がおこり、大爆発が起こった!!

 

「オオゥ――――ッ! 最高ッ!!」

 

 ジャコリーは吠えた。粉々に吹き飛んだレッドホーン。帝国軍最強のゾイドがわずか2、3秒でやられたのだ。ジャコリーはこんな物凄い武器を考えだす地球人に多少の尊敬の念を抱いた……。

 

 レッドホーンを粉砕したゴジュラスがマルダー二機を潰すのにさほどの時間はかからなかった。

 

「新兵器は予想以上だったかな……」 

 

 救出されたブラントン隊長は残念そうにつぶやいた。隊員一名、偵察隊の戦力の情報etc…。彼には失ったものが多すぎるような気がした。

 確かにライトニング・ブラスターの破壊力は想像以上だったが、それで必ずしもゴジュラスが無敵とは限らない。帝国軍最強のゾイドは今やレッドホーンではなく、彼らの目指すβポイントにいるこのゾイドなのだろうから………。

白い巨峰

 黒で染まった樹海の中を、一つ目の巨獣が静かに足を一歩踏み出す。スーツの中にいる我々には、そんな静かな一歩でも、踵のあたりから伝わってくる。

 

 5人から4人になり、戦力は20%ダウンしてしまった。しかしβポイントには我々がこれから見ようとしているもう一つの巨獣が待ち構えているのだ。

――白い巨峰

 

 帝国側が史上最強の戦士として祭り上げたカーリー=クラウツの乗る最新兵器がそれだ。我々のネオ・ゴジュラスは、あくまでもプロトタイプにすぎない。正面からの攻撃は死に急ぐようなものだ。何か手立てはないものか……その時、遠くから巨大な生命体の鼓動が地面を這うように伝わってきた……

 大きな縦の振動とともに巨大な猿が現れた。

 

――こいつが帝国のアイアンコングか

 

 そしてクラウツのシンボルカラーである白に塗られた"白い巨峰"は、我々のネオ・ゴジュラスに、その大きな両腕を振りかざしていった。

 大地が鳴り、空が曇った……

 

 想像以上のパワーと機動力でネオ・ゴジュラスを圧倒していた。我々は残り少ないエネルギーで肩のランチャーを作動させた。だが、巨像にハエがたかるようなものであった。

 

 その巨大なマニピュレータは、ネオ・ゴジュラスの首をへし折るほどの破壊力を見せた。同時に我々に対しても、肩のバルカンポッドからの執拗な攻撃で後方にいた2人を吹き飛ばしてしまった。

――これ以上は危険だ

 我々は左右に散った。

――怪物め!

 

 白い閃光が黒い樹海の中で眩しいばかりに輝いた。ネオ・ゴジュラスの頭が破壊され、パイロットと共に空中に散った。

 私はいつの間にか、樹海の中に放り出されているのに気がついた。私の前を白い巨峰が静かに通り過ぎているのが、壊れかけたスクリーンに写っている。

 ネオ・ゴジュラスの開発は、もう一度、一からやり直したほうがいいようだ。それにはまず、このスーツの中から抜け出すことが先だ。

 

――くそったれ

 

 

 一週間が過ぎた――

 

「報告する。αおよびβポイントにおける帝国軍のアイアンコングの総配備数は31機に及んだ。我軍のネオ・ゴジュラス、サラマンダーMKⅡ、ハイパーバリゲーターの開発を大至急進めるように」

 

 一通の報告書がすべてを物語っていた。一週間前のネオ・ゴジュラスのシミュレーションを兼ねたプロトタイプのテストの失敗がそのまま跳ね返ってきてしまったようだ。 開発局では、来週早々にネオ・ゴジュラスをロールアウトし、量産化に入るようだが、その間に旧式を使って我々は"白い巨峰"に立ち向かわなければならないのだ。

 

 そんな時、もう一通の報告書が「ネオ・ゴジュラスの完成遅れる…」を伝えてきた。

bottom of page