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新しい年への祈り

 破裂音が連続して野戦病院の庭に響き渡った。若い新兵が、大慌てで雪の中に身を投げ出し、伏せ撃ちの姿勢をとった。
「おい、小銃の音とシャンペンを抜く音くらい、区別がつかんのか」

 新兵の襟首を掴んで立ち上がらせながら、古参兵が呆れ顔でからかった。
 大晦日のうきうきした空気が、病院全体を包んでいた。
「大統領が、なんでこんな病院なんかで新年を迎えるんですか?軍曹殿」
 若い兵士は服についた雪を恥ずかしそうにはたき落とした。
「負傷した親衛隊の将校を見舞いに来られたんだ」
「たったそれだけのために、この雪道を?」
 若い兵士は目を丸くした。
「そういう優しい方なんだ、大統領は」
 軍曹は、家族の自慢をするような顔付きで片目をつぶって見せた。


 雪の庭に暖かい光を落としている、病室の窓辺に立って、ヘリック大統領は額の汗をハンカチで拭った。
「窓を開けて外の空気を入れましょうか?」
 もうほとんど負傷の癒えたローザがヘリックに声をかけた。
「いや、そうではなく……」
 ヘリックは落ち着かぬ様子で、腕を組み直した。
「元気になったら…無論、十分休暇をとってからだが…また戻って来てくれるかね?」
「直ちに親衛隊に復帰します」
 凛とした声で、ローザは答えた。
「いや、そうではなく……」
 
 ヘリックは、意を決してローザの手をとった。
「私の傍に、一人の女性として帰って来てほしいのだ、これからずっと、永遠に」
 
 あまりの事に、ローザは返事をする事もできなかった。ただ、ヘリックの瞳を見続けるだけだった。
 その時、病室のドアが乱暴に開くと、数人の看護婦が折り重なって倒れこんで来た。ドアに耳をつけて盗み聞きしているうちに、ドアが開いてしまったのだ。
 驚く二人の前に、真っ赤な顔をした看護婦たちがもじもじと勢揃いした。
「新年おめでとうございます、大統領」
「新年おめでとうございます、大統領夫人」
 
 ヘリックとローザは顔を見合わせると、我慢できずに吹き出してしまった。
「おめでとう、お嬢さんたち。今年こそ、この国に平和が訪れますように!」

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