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海の道を守れ

フロレシオ海海戦

ZAC2045年5月

 ウルトラザウルスとサラマンダーによるデスザウラー捕獲作戦の失敗は、共和国兵士の胸に暗い影を落とした。
 
「ウルトラとサラマンダーの2大ゾイドが共同戦線をはっても、たった1台のデスザウラーを倒せないのか」

 兵士たちは溜め息をついた。

 

 本当のところを言えば、ウルトラとサラマンダーの戦力に問題があるのではなく将軍たちの立てた作戦がお粗末すぎたのだ。だが、前線の兵士たち一人ひとりに、失敗の本当の原因を伝えるのは無理だった。
 この絶好の機会を、優秀な指導者、ゼネバス皇帝がとらえぬわけがなかった。
「帝国内に残る予備兵力のデスザウラーを全て共和国へ派遣せよ。デスザウラーを先頭に立てれば、今こそヘリックの替え玉たちを打ち破れるぞ」
 共和国兵士の知らぬ所で、大きな嵐が彼らを襲おうとしていた。


 その頃、小島の司令部に潜むヘリック大統領だけは、デスザウラー捕獲作戦の失敗の波紋の大きさを理解していた。
「敵の大攻勢が始まるに違いない。その前に手を打たなければ」
 ヘリックは、すべての替え玉ヘリックたちを、密かに小島の司令部に呼び寄せて、作戦会議を開いた。
「諸君の活躍で、共和国軍は今日まで生き残ることができた。私は、新たな大作戦を開始しようと思う」

 一人の替え玉ヘリックが目を輝かせて立ち上がった。
「共和国首都を取り戻すのですね!」
 ヘリックは優しく微笑みながら答えた。
「違う。目的地は中央山脈」

 驚きの声が全員の口から発せられた。
「しかし、どうやって部隊を移動します?中央山脈までの間には、何十万もの強力な帝国軍が待ち構えています」
 
 ヘリックは、いたずらっぽく片目をつぶって見せた。
「ウルトラに乗って船旅に出るのさ。諸君が驚くぐらいだ、帝国軍もこの作戦を予測することはできまい」
 替え玉ヘリックたちの信頼に満ちた眼差しが、ヘリック大統領に注がれた。
 
「ウルトラザウルスを結集して、一大海戦の準備を始めよ。ゼネバスの持つ水上ゾイドを海底に沈め、すべての海を我々の王国に変えるのだ」

 共和国の小型水上ゾイドが大移動を開始した。何百隻ものフロレシオスとアクアドンが、アクア海を南下してフロレシオ海に向け航海を続けた。護衛はわずか数隻のバリゲーターだけであった。

 帝国海軍がこのチャンスを逃すはずがなかった。帝国領土のユピト港、ミーバロス港から出発したブラキオスとウオディックの艦隊が、フロレシオ海の真ん中で共和国船団に襲いかかった。

 

 ウオディックの魚雷とブラキオスのビーム砲が、次々に共和国の水上ゾイドを海底に沈めてしまった。だが、それは自動操縦の無人ゾイドであり、船団は帝国海軍を港から引きずり出すための囮船団であった。

 囮船団の遙か後方には、共和国海軍リンデマン提督率いるウルトラザウルス艦隊が、敵の現れるのを待ち構えていた。集められる限りのウルトラザウルスをすべて空母型に改装し、その飛行甲板には、翼と翼が触れ合うほどびっしりと、プテラスを搭載していた。
 
「敵が囮船団に攻撃を開始したぞ。全プテラス発進せよ!」
 
 何十機ものプテラスが、大空に舞い上がった。

 プテラス飛行隊は上空で二手に別れた。一隊は、囮船団に襲いかかった帝国艦隊を爆撃する部隊で、対艦ミサイルと、対ウオディック用の追尾型水中魚雷を装備していた。追尾型水中魚雷は、ウオディックが海中に潜行しても追い続ける特殊魚雷である。
 もう一隊は、帝国艦隊の救援に駆けつけるであろう敵の最新飛行ゾイド、レドラーを、海の上で迎え撃つ役割の空中戦部隊であった。

 獲物を狙う鷹のように、プテラスが帝国艦隊に襲いかかった。繰り返しミサイルを浴びせながら、プテラスは帝国艦隊を全速で急行するウルトラ艦隊の方角へ追っていった。


 ついに、ウルトラ艦隊が傷ついた敵の艦隊に追いついた
「一隻の敵も見逃すな」
 リンデマン提督の命令を受けて、キャノン砲が敵艦隊に撃ち込まれた。

大海原に消えた翼

 ヘリック大統領の計画した中央山脈への移動作戦を成功させるためには、中央大陸南部のフロレシオ海から、すべての帝国海軍を追い払う必要があった。

「一隻の敵ゾイドも逃してはならんぞ、リンデマン提督」
 ヘリックは厳しい声で命令を伝えた。
「たった一隻のウオディックが、輸送中の数万の兵士の命を奪うかも知れんのだ」
 
 リンデマン提督は、部下たちと綿密な作戦を立てた。
 共和国軍のウルトラザウルスが1台、また1台と海上に消え、基地には木材と土で作られたウルトラザウルスの巨大なはりぼてが残された。帝国軍の偵察機を騙すためである。帝国軍の目の届かぬ沖合いに脱出したウルトラザウルスは海上で空母型に改装され、陸上基地から飛来したプテラスが搭載された。
「帝国艦隊を一撃で倒すには、飛行ゾイドによる爆撃しかない」
 リンデマン提督はそう確信していた。すべての準備が整った後、囮船団の出港が命じられたのだった。

 しかし、練り上げられたリンデマン提督の作戦にも、ひとつの不安が残っていた。新たに配備された敵の飛行ゾイド、レドラーの存在である。
 
「レドラーがウルトラを爆撃するための重いミサイルを積んだままでは、プテラスには敵うわけはあるまい。もし、プテラスと戦うためにミサイルを捨てれば、レドラーはもはやウルトラを攻撃することはできぬはずだ」
 ウルトラザウルスの司令室で、両軍の激しい海戦を見守りながら、リンデマン提督は祈るように呟くのだった。

 海上をパトロールしていたプテラス部隊が高速で接近するレドラー部隊を捉えた。
「かかれ、一機も通すんじゃないぞ」
 
 たちまち大空いっぱいに、激しい空中戦が繰り広げられた。重い対艦ミサイルを抱えながらも、レドラーは恐るべき運動性能と、カミソリのような切断翼でプテラスを切り裂いていった。

 激しい空中戦でレドラーの燃料も大幅に失われてしまった。このままウルトラ艦隊の攻撃に向かえば、基地に帰ることはできなくなる。基地に引き返すか、このまま攻撃に向かうか?レドラー飛行隊を率いるガーランド中佐は、迷わず命令を下した。

「全機、ウルトラ艦隊の攻撃に向かえ、最後の1秒まで、自らの務めに全力を注ぐのだ」


 だが、ウルトラザウルス艦隊の位置は、ガーランド中佐の予想よりもさらに遠い海域だった。ガーランド中佐が海の彼方にウルトラザウルスの巨体を発見した時には、レドラーの燃料はほとんど無くなりかけていた。ガーランドは唇を噛んで通信マイクを引き寄せた。
「対艦ミサイルを捨てて、全機海面に着水せよ」
 
 部下が無事に着水したのを見届けると、ガーランド中佐は残る燃料をすべて使ってウルトラザウルスに向かって突っ込んだ。ガーランド中佐の操るレドラーの翼から2発の弾が発射され、ウルトラザウルスの細い首に見事に命中した。しかし、それは標的確認用の信号弾であった。


 帝国空軍の戦士としての誇りをかけた一撃。しかも、勝敗の決した今、いたずらに敵兵を殺すまいという、ガーランド中佐の信念を表した一撃であった。

 ウルトラザウルスの司令室ですべてを見守っていたリンデマン提督は、傍らに控える副官に声をかけた。
「救命ボートを出して、敵のパイロットを一人残らず救助せよ。忘れるな、勇者として、最高のもてなしをするのだ」
 
 こうしてフロレシオ海の全域が、ついに共和国のものとなった。

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