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ヘリックへの贈り物

大統領誘拐作戦

ZAC2045年6月

 フランツを乗せた大型グライダーはフロレシオ海の上を飛び続けた。窓の外に広がる海を眺めながら、フランツは氷山地帯での戦いを思い出していた。北の海を越えて上陸した氷の島で帝国軍を待ち構えていたヘリック専用のウルトラザウルス。そしてフランツの目の前で死んでいった二人の教え子たち。

<シュミット、ルドルフ。戦争を終わらせるために、俺に力を貸してくれ>

「どうしたんだ、怖い顔をして。まるで、仇討ちに行く男みたいだぞ」
 隣に座る案内役の将校が、フランツをからかった。
「大統領に直接お会いできるので、緊張しているんです」
 フランツは笑いながら誤魔化した。
 
「ずっと長い間、お会いしたいと思っていたものですから」


 大型グライダーが高度を下げ始めた。ヘリック大統領への危険な贈り物を乗せて、グライダーは秘密基地の滑走路へ滑り込もうとしていた。

 ついにフランツは、本物のヘリックが潜む島にたどり着いた。島の中央にそびえる山がガバリと割れると、山の内部は巨大な工場になっていた。
 
「間違いない。ここがヘリックの秘密基地だ」
 フランツは2mを超える全身の筋肉に力を漲らせながら、ヘリックが現れるのを待った。

 生け捕りにしたデスザウラーは工場の中に収められ、その前に将校たちが整列した。
「いよいよ本物のヘリックが現れるぞ」
 
 油断なく身構えるフランツの前に、青いマントを羽織ったヘリックが近付いて来た。

「よくやったぞ、君のおかげでデスザウラーを……」
 その瞬間、ヘリックの言葉を断ち切るようにフランツの口笛が工場に響き渡った。すると、デスザウラーの胸のハッチがバタンと開き、中から1台のロードスキッパーが飛び出した。
 フランツはロードスキッパーに飛び乗ると、ヘリックを軽々と小脇に抱え、驚く共和国兵士を蹴散らして工場を脱出した。

 逃げるフランツ目掛けて、守備隊の銃が火を噴いた。その中の一発がフランツの右肩に命中したが、全神経を脱出に集中するフランツは痛みさえ感じなかった。
 フランツとヘリックを乗せたロードスキッパーは一気に海岸を駆け下りた。沖には、あらかじめ連絡しておいた脱出用のウオディックが今や遅しとフランツの到着を待ち構えていた。 

「我、ヘリックの誘拐に成功。救援を頼む」
 フランツの送る光信号が、夜の海を渡った。

金髪の女騎士

<ついに本物のヘリックを捕らえたぞ!>
 張り詰めていたフランツの体からふっと力が抜け、右肩に傷の痛みが蘇ってきた。
 その時、何者かが後ろから、フランツの乗るロードスキッパーに体当たりを食らわせた。続いて狙い澄ました剣の一撃がフランツの背中を襲った。辛くも避けて振り返るフランツの目に飛び込んできたのは、見たこともない小型ゾイドに乗る、美しい女騎士の姿だった。
<しまった、ヘリックを守る親衛隊がいたのか!>
 
 敵の初太刀を外したフランツは、自らも剣を抜いて激しく女騎士と切り結んだ。だが、右肩の負傷のために剣を持つ右腕を伸ばしきることができず、フランツの切っ先は空しく宙を斬るばかりだった。
<くそっ、銃が使えれば一撃で倒せるものを!>
 敵地の真っ只中で銃声を轟かすわけにはいかなかった。

<早くこの女を倒さなければ、敵に発見されてしまうぞ>
 焦りを覚えたフランツは、力任せに剣を女の頭上に振り下ろした。剣先が金髪に触れようとした瞬間、女騎士はわずかに体をかわしながら、下から上へ稲妻のように素早く剣をすり上げた。一瞬フランツには何が起きたのか分からなかった。
 気がついた時には、フランツの剣は遥か彼方に弾け飛び、女騎士の鋭い剣先がフランツの喉元にピタリと押し当てられていた。

<負けた!これで全て終わりだ!!>
 フランツは覚悟を堅めた。その時、フランツの耳に、女の優しい声が響いた。


「逃げなさい。大統領をここに残してすぐ立ち去りなさい」
 フランツには女の言葉が理解できなかった。
「なぜだ?なぜ俺を倒さない?」
「私は誰も倒したくない。大統領をお守り出来ればそれでいい。あなたは共和国の軍服を着ている。捕らえられればスパイとして銃殺されます」
 
 女はわずかに微笑んだ。
「だから、今すぐここから逃げなさい」

突然、沖に停泊していたウオディックが轟音と共に大爆発を起こした。海岸に到着した新手の共和国親衛隊が、トリケラトプス型の小型ゾイド、メガトプロスでウオディックを砲撃したのだ。
 
「もはや、これまで!」
 フランツはロードスキッパーを海に乗り入れた。
「俺の名はフランツ、君は?」
 浜辺に立つ女の腕が空中に大きく文字を書いた。
 
「ロ…ザ…、ローザか」
 フランツは何度もその名を口の中で繰り返した

 島の沖合まで脱出すると、フランツは隠し持っていた無線のスイッチを押した。島の工場のある辺りに巨大な火柱が立ち昇った。フランツは、デスザウラーの機密を守るため、あらかじめ抜かりなくデスザウラーに自爆装置を仕掛けてあったのだ。
 無事脱出できたとはいえ、フランツの作戦はたった一人の女騎士のために失敗に終わってしまった。だが不思議なことに、フランツの胸に悔しさは湧いてこなかった。それよりも、あのローザという女の奇妙な言葉が頭から離れなかった。
 
「私は誰も倒したくない」
「私は誰も倒したくない……」

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