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最後の替え玉ヘリック

ケンタウロス対デスドッグ

ZAC2046年8月

 デスドッグの姿が地上に現れた瞬間、ローザ大尉は反射的にケンタウロスを空中に急上昇させた。唸りを上げて、ケンタウロスの頭部を掠めるビーム砲。

 それに構わず、ケンタウロスは後ろに飛び下がりながら、デスドッグ目掛けて槍を投げつけた。横っ飛びにかわしながら第二弾を発射するデスドッグ。だが、既にケンタウロスはビーム砲の射程外に脱出していた。

「見事だ、ローザ大尉。よくビーム砲をかわしたな」
 ヘリックは、傍らの副操縦席に座るローザに声をかけた。
「このまま飛行して逃げるとしよう」


 だが、ケンタウロスはぐんぐんと高度を落とすと、広い草原に着陸した。
「飛行して逃げるのは無理です。エネルギーを使い切ってしまいます」
 ケンタウロスの巨体を猛スピードで上昇飛行させたために、エネルギーの残量は既に半分以下になっていた。


「それなら、ここであの怪物を迎え撃ってやる」
 ヘリックが操縦桿を握り直した時、突然ローザ大尉が、物も言わずにヘリックの音声命令マイク(声でゾイドを操縦する装置)のコードを引きちぎった。
「何をするんだ、ローザ!」
 ヘリックは血相を変えて怒鳴った。
「大統領、もう貴方にケンタウロスを動かすことはできません。すぐ脱出してください」

 ヘリックは信じられぬ思いでローザの顔を見た。緊張のために顔色は青ざめていたが、きゅっと一文字に結んだ口元に強い決意が表れていた。
 ヘリックが首を振りながら何かを言おうとした時、ローザの腕が伸びてヘリックの前にある脱出装置のスイッチを押した。鋭い機械音と共に、ヘリックの座席がくるりと後ろに回転し、ヘリックは座席ごと脱出用スロープを滑り落ちた。気がついた時には、ケンタウロスの胸部に設置された脱出用ビークルのコックピットにがっちりと体を固定されていた。

「ローザ!!」
 ヘリックが大声を上げた瞬間、轟音と共にビークルは機外へ撃ち出され、ぐんぐんと大空へ上昇していった。

 ローザ大尉には、これから襲い掛かってくる敵の正体がわかっていた。フロレシオ海の小島の浜辺で彼女と斬り結んだ長身の男、フランツと名乗った帝国コマンドに違いなかった。


 ローザは、ケンタウロスの武器のロック(安全装置)を全て解除し、自動迎撃システムに切り替えた。そして、小さな丘の上に移動すると、ケンタウロスの巨体を敵の目の前に晒した。 

「ヘリックはここよ。あなたの狙っている大統領はここにいるのよ」
 ローザは祈るような気持ちで、敵の現れるのを待った。

 レーダーが接近する敵の姿を捉えた。と同時に、自動迎撃システムに切り替えられていたキャノン砲が火を噴いた。

 だが、デスドッグは恐るべきスピードで砲弾をかわしながら、あっという間にケンタウロスの懐に飛び込んできた。

 巨体ゾイドがぶつかり合う凄まじい音が草原に響き渡った。

 接近戦は、体勢の低いデスドッグに有利であった。なんとか敵を捕らえようともがくケンタウロス。その腕を掻い潜って、デスドッグの鋭い牙がケンタウロスの首筋に深々と食い込んだ。
 つい数分前に、ヘリックが滑り降りた脱出用スロープがデスドッグの牙で切り裂かれ、もはやローザには、脱出する道さえ残されていなかった。

我が命、平和のために

 突然、ケンタウロスの翼が大きく広げられた。次の瞬間、首筋に食らいついたデスドッグ諸共、巨体が大空へ舞い上がった。高度50m…70…90…。高度計が100mを突破した時、ローザの耳に緊急事態を告げるコンピュータの声が鳴り響いた。
「エネルギー残量ゼロ!直ちに脱出せよ!」

 上昇を続けていた2台のゾイドが、空中の一点でピタリと静止した、と思う間もなく、もつれ合うように落下し始めた。数キロ離れた地点で戦いを見守っていたヘリックは、思わず大声を上げた。

「脱出するんだ、ローザ!」
 
 その声が届いたかのように、1台の脱出用ビークルが落下するゾイドから飛び出した。
 ローザか?それとも敵兵か?
 確認する間もなく、2台のゾイドは小山の向こうに消え、次の瞬間、大地を揺さぶる爆発音と共に、巨大なキノコ雲が落下地点に立ち昇った。

 ヘリックはビークルを落下地点の縁に乱暴に着陸させた。シートベルトを引き千切るように外すと、爆発でクレーター状に抉れた大地の斜面を転がるように駆け降りた。クレーターの中は残骸から発する熱と巻き上げられた土煙が立ち込め、一息ごとに喉が焼け付くようであった。
 クレーターの底にひときわ大きな二つの残骸、デスドッグとケンタウロスの頭部が、半ば土に埋もれて転がっていた。デスドッグのキャノピーは大きく開き、コックピット全体が綺麗に無くなっていた。

<脱出したのは、敵のパイロットだったのか!>
 ヘリックの目の前が真っ暗になった。挫けそうになる心に鞭打って、ヘリックはケンタウロスのコックピットに駆け寄った。
 クモの巣状にひび割れの走ったキャノピーの下で、ローザは静かに眠っているかのようであった。

<触れてはいけない。眠りを覚ますとローザが死んでしまう>
 頭の中に湧きあがった空想を打ち払うように、ヘリックはキャノピーを素手で叩き割った。傷ついた両手から血が噴き出したが、ヘリックは痛みを感じる余裕もなく、赤く染まった両腕の中にローザを抱き寄せた。柔らかな、しかし石のように冷たい体がピクリと震え、ひとつ、大きく息を吸い込んだ。
<生きている!>

 言いようのない喜びが、ヘリックの全身を満たした。ヘリックの腕の中で、ローザの唇がかすかに動いた。ヘリックは、ローザの口元に自分の耳を近づけた。
「……敵の……パイロット……は?」
「残念ながら、とり逃した。落下の途中で脱出したようだ」
 それを聞いたローザの顔に、ヘリックがこれまで見たこともない、美しい微笑みが咲き広がった。
「……よかった……」

 静かな驚きが、ヘリックの胸の奥から湧きあがった。この女は敵兵の身を案じている。今戦ったばかりの相手を、自分を殺したかもしれぬ敵を、その生命を、何よりも心配している。
<………!>
 驚きが止めようもなく溢れ続け、ついに声にならぬ声となって、ヘリックの喉からほとばしり出た。

「天上におわす全能の神よ、その名が褒め称えられますように、神の国が来ますように、神の心が、天上で行われる通り、この地上でも行われますように、神の力をもって、この女性の命をお救い下さい……」
 ヘリックは、彼自身気付かぬうちに、祈りの言葉を唱え続けていた。

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