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大氷山の白い罠

帝国北洋艦隊殲滅作戦

ZAC2044年12月

 一人の男が、北風の吹き荒れる砂浜に立ち続けていた。小山のように筋肉の盛り上がった男の肩には、巨大な手持ちミサイルが乗せられていた。並の人間では持ち上げることもできぬミサイルランチャーを軽々と肩に乗せ、男はすでに半時間以上も、射撃姿勢を崩していなかった。

「大尉殿、フランツ大尉殿!」
 砂丘の影から、真新しい軍服を着た二人の若者が、北風に吹き飛ばされそうになりながら駆け寄って来た。
「シュミット!ルドルフ!お前たちも共和国に派遣されたのか?」
 
 帝国軍特殊部隊「スケルトン」に所属するフランツ大尉は、帝国陸軍士官学校で彼が一人前の軍人に育て上げた二人の教え子の手を、力を込めて握りしめた。
「共和国首都から脱出した共和国部隊を探しにやって来ました」
「大尉殿、いったいどこに消えたのでしょうか、あれだけの大軍が?」
「この向こうさ」
 フランツは、北風に挑むように、白い牙のような波を立てる北の海をじっと見据えた。
「海…ですか?」
 
 納得がいかぬ気な教え子たちの見守る前で、フランツは足元の砂に半ば埋もれた巨大な流木を、一気に抜き上げた。そして、水を含んで岩のように重い流木を高く差し上げると、気合いと共に海に投げ入れた。
 
「見ろ。砂浜に置けば1km先からでも見つけられる流木も、海へ投げ入れれば、波間に隠れてこの浜辺からさえはっきりとは見分けられん。潮に乗って外海へ出れば、もう二度と見つけられんだろう」
 フランツは、海を抱きかかえるように両腕を広げた。
「その上、海は行きたい所へ俺たちを運んでくれる。俺がもし敵のヘリック大統領なら、部隊を海へ脱出させる。ウルトラザウルスの大艦隊に乗せてな」
 
 フランツは、2mをこえる長身をぐっと折り曲げて、おどかすように顔を教え子たちの目の前に突き出した。
「おい、油断するなよ。今夜にも共和国の大部隊が、このクック基地を海から攻撃するかも知れんぞ」
「ほ、本当ですか?大尉殿」
 
 フランツは大声で笑うと、不安そうな教え子たちの肩をポンと叩いた。
「心配するな、ただの空想だ。第一、敵の作戦が読めるくらいなら、俺は今頃司令官になっているさ。さあ、基地へ戻ろう」
 帝国軍の中でも最も優秀なコマンドであるフランツも、自分の空想が数日後に現実のものになろうとは、知る由もなかった。

 ZAC2044年12月、帝国軍占領下の共和国北部海岸、クック海軍基地。冬の訪れを告げる流氷が軍港の海面を白く覆い始めていた。この土地で初めての冬を迎える帝国軍兵士たちは、珍しそうに流氷を眺めていた。


「おい、沖のほうを見ろよ。あんな大きな氷山まで流れてきたぞ」
「ああ、すごいスピードで近づいてくるな。まるで何かに引っ張られているみたいだ」

 その時、すでに軍港の入口を塞ぐように流れこんで来た氷山がくるりと回転すると、氷山の後ろ側には改造ゴルヘックスを主砲とする巨大な砲台が据え付けられていた。

 

 轟音とともに氷山に並ぶ全ての砲が火を噴き、港に停泊中のシーパンツァー、ウオディックが炎に包まれた。
 共和国軍の反撃が開始されたのだ。

​ 軍港に停泊中の帝国軍ゾイドを全滅させた共和国軍は、バリゲーターに乗って北海に浮かぶ大氷山地帯に逃げ込んだ。

「ついに、共和国軍が動き始めたぞ。直ちに追跡して本拠地を叩け」
 北部海域を守る貴重なウオディック潜水艦隊を葬り去られた帝国軍司令部は、アイアンコング、ブラキオスの大部隊に大氷山地帯の攻撃を命じた。

「自分たちも参加させて下さい、フランツ大尉殿。足手まといにはなりませんから」
 初めて実戦を目の当たりに見たフランツの教え子たちも、真っ先に追跡部隊に志願した。

 氷山地帯の中は、氷の谷が迷路のように続いていた。激しい吹雪と闘いながら慎重に前進する帝国軍は、ついに内陸部の奥深くに一台のウルトラザウルスを発見した。

 

「あれは、ヘリック大統領専用のウルトラザウルスだ。こんな所に隠れていたのか。よし、敵の気付く前に包囲して、大統領を捕らえるのだ」

二人のヘリック

 帝国軍追跡部隊の司令官がヘリック専用のウルトラザウルスを発見して、小躍りしたのも無理はなかった。
 共和国首都をトンネル作戦によって脱出した後、共和国軍の主力部隊とヘリック大統領の姿は、煙のように帝国軍の前から消えたのだった。共和国首都での決戦で、一気に戦いに決着をつけようと全軍を共和国首都に差し向けたゼネバス皇帝の作戦は空振りに終わった。敵の首都を手に入れたとはいえ、何十万人もの共和国兵士と、ウルトラザウルスを中心とする強力な共和国ゾイド軍団に傷ひとつ負わせることができなかったのだ。
 その、帝国軍が全力を上げて探し求めている共和国部隊が目の前にいる。それだけではない。敵軍の総司令官、ヘリック大統領の専用機が、手を伸ばせば届く所にいるのだ。だが……。 


 息を殺してヘリック専用機を見つめるフランツの胸の中に、不安が黒雲のように湧いてきた。
<何の攻撃も受けないで敵の大統領を発見できただと?少し話がうますぎるぞ>
 
 フランツは司令官のもとに駆け寄った。
「このまま包囲して、援軍を呼びましょう。敵を取り逃がしては大変です」
「無線で援軍を呼んでいては、敵に気づかれてしまう。現在の兵力だけで一気に攻撃するぞ」 

 血気にはやる帝国部隊司令官は、攻撃命令を全部隊の兵士に下した。

 吹雪に身を隠すように、帝国軍がヘリック専用のウルトラザウルスに忍び寄った。その時、突然周囲の氷山の陰から、共和国の大軍が歓声を上げながら姿を現した。
「しまった!ウルトラは囮だったのか。敵の罠に落ちたぞ!」

 必死で脱出を図ろうとするアイアンコング。だが、寒冷地用に改装されたベアファイターの一撃で、アイアンコングはどうと氷原に倒された

 フランツ大尉が教え子たちに聞かせた空想は、共和国軍総司令官、ヘリック大統領の描いていた大作戦と同じものであった。デスザウラーを破る強力な新型ゾイドが完成する日まで、デスザウラーが行動することのできぬ安全な場所に共和国軍の主力部隊を避難させようと決めたのである。その場所とは、いつでも海に脱出できる海岸地帯と、中央大陸の周囲に散らばる島々であった。
 そして、各地に散らばった部隊同士が海を通って自由に行き来するためには、どうしても帝国海軍を叩き伏せる必要があった。クック基地攻撃の狙いはそこにあった。


 今や、フランツの不安は全て本当の事となって、帝国軍部隊に襲いかかってきた。四方からの集中砲火を浴びて、帝国軍ゾイドは次々に雪の中で燃え上がった。 
「ゾイドに乗っていては、狙い撃ちされる。全員、ゾイドを捨てて海岸へ脱出せよ」
 フランツは、コングを乗り捨てると吹雪に身を隠して部下たちを集合させた。

「シュミットとルドルフはどこだ?俺の教え子たちは!?」

 その時、フランツの目の前で二人の教え子たちの乗るアイアンコングが、2台のヘリック専用ウルトラザウルスの攻撃を受けて氷原に倒された。次の瞬間、ウルトラの巨大な足が、脱出しようともがく教え子たちをコックピットごと一撃で踏み潰した。
 
「………!!」
 敵の真っ只中で声を上げることもできず、フランツは血の出るほど唇を噛み締めた。

<俺が側についていたのに!俺がここに連れてきたために!俺が!俺が!>

 フランツの耳には、教え子たちの最後の悲鳴が聞こえるかのようだった。喉の奥から飛び出そうとする叫び声を必死で抑えながら、フランツは海岸へ向けて駆け続けた。
 


 フランツ大尉と共に脱出に成功したわずかな兵士を除いて、帝国軍の追跡部隊は全滅した。戦いを終えた2台のウルトラの甲板で、大統領の軍服を着た二人の男が挨拶を交わした。

「へリックのために」
「大統領のために」
 
 二人の替え玉ヘリックは長い敬礼を送り合った。だが、彼らのために教え子を失ったフランツがヘリック大統領に大きな危機をもたらす事になろうとは、まだ誰も気付いていなかった。

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