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故郷への長い道

共和国、平原地帯に進撃

ZAC2046年10月~11月

 共和国の平原に美しい秋が訪れようとしていた。
「共和国首都陥落2周年」を祝う祭が、帝国軍占領地域の主だった町で開かれるはずの記念日の朝、帝国軍の前線基地は激しい砲撃で眠りを覚まされた。ヘリック大統領率いる共和国軍が、反撃作戦を開始したのだ。

 攻撃をかける共和国軍の先頭に立つのは、野牛型の最新ゾイド、ディバイソンであった。盛り上がった肩に装備された17門の突撃砲が嵐のように帝国軍陣地に降り注ぎ、硬い2本の角が敵の防御線を撃ち破った。


 帝国軍はデスザウラーを前面に押し立てて防戦に努めたが、2年間の敵地での戦いに疲れ切った兵士たちは、じりじりと後退を続けるばかりだった。

 長い灰色の線が、雪に覆われた山脈の中をどこまでも続いていた。灰色の線はのろのろと雪の斜面を登り続け、吹雪の吹き荒れる峠を越え、またのろのろと谷間へ消えていった。
 中央山脈最北部の氷河地帯、今や、帝国軍の補給線は、雪山を横断する幾本かの山道だけであった。補給物資も、増援部隊も、交代で祖国へ帰る兵士も、雪にまみれて真っ白になりながら山を越えるのだった。

 国境の峠で一休みする一群の兵士の中に、一際長身の将校の姿があった。
 フランツ大尉である。
 共和国側から吹きつける雪まじりの風を真正面から受け止めて、フランツは、共和国の大地を見続けていた。
 クック基地、大氷山地帯、フロレシオ海の小島の浜辺、そして中央山脈……、危険な戦いの連続だった。生きて祖国へ帰ろうとしている事が、まるで奇跡のようだった。
 峠を吹き渡る風の切れ目を縫って、休息する兵士たちの歌声が聞こえてきた。
 
――踊りに行こうよ、ローザ、僕と一緒に、
――踊りに行こうよ、ローザ、二人っきりで
 
 凍えるような雪山には場違いな歌であったが、ふるさとの人々にもう一度会いたいという切ない願いが、そのしらべに込められていた。
 フランツは、両の手で耳を覆った。歌声が彼の胸を掻き毟るようであった。2年間命がけで戦いながら、ついにヘリックを捕らえることも倒すこともできなかった、たった一人の女のために。あのローザと名乗った女、その美しい顔が、不思議な言葉と共に蘇って来た。

「私は誰も倒したくない」
 何かがフランツの頭の中でカチリと音を立てた。もしかしたら、あの女は俺と同じ事を願っていたのかもしれない。あの女も俺も、戦いの中で人が死んでいくことに耐えられなくなったのだ。そうだ、そうだろう?ルドルフ、シュミット!

「大尉殿、フランツ大尉殿!」

 フランツはぎょっとして振り向いた。フランツの背後に見知らぬ若い兵士が、人懐っこい笑顔を浮かべて立っていた。
「失礼ですけど、『手持ちミサイルのフランツ』大尉殿ですか?」
 フランツは黙って頷いた。
「本当ですか?こいつは凄いや!ねえ聞かせて下さい。たった一人でヘリックを捕らえに行ったんですって?田舎に帰ったら皆に自慢しなきゃあ、あのフランツ大尉に会ったんだって!」 


 ひときわ強い風がフランツの体を包み、フランツの耳にはもう何も聞こえていなかった。

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