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ケンタウロスの槍

レッドリバー包囲陣突破作戦

ZAC2046年8月

 ヘリック大統領が、共和国へ帰って来た。


 中央山脈で最大の帝国山岳基地を陥落させたヘリックは、共和国の平原地帯に残る帝国軍を追い払い首都を取り戻すために、中央山脈に総司令部を移動させ、山中から戦いの指揮を執る決意であった。

 2年ぶりで、本物のヘリックを迎えた共和国兵士たちは、大統領の乗る巨大なゾイドを見て驚きの声を上げた。ゴルドスのレーダーを装着したウルトラザウルスの胴体の上に、ゴジュラスの上半身が槍を持ってそびえ立ち、その背中にはサラマンダーの翼が空を覆うほどの大きさで取り付けられているのだ。


「まるで、神話に出てくるケンタウロスのようだ。これならデスザウラーにも負けないぞ」
 兵士たちは肩を抱き合って大騒ぎした。
 だが、コックピットに座るヘリックは、これから待ち構える戦いの厳しさを思うと、兵士たちのように手放しで喜ぶわけにはいかなかった。確かに、改造ゾイド、ケンタウロスの戦力は宿敵デスザウラーに優るとも劣らぬものだろう。しかし、1台のケンタウロスを完成させるためには、ウルトラ、ゴジュラス、サラマンダー、ゴルドスと、共和国の主力大型ゾイド4台を犠牲にしなければならないのだ。もし、デスザウラーと同じ数だけのケンタウロスを作り上げたなら、共和国軍の手元に残る大型ゾイドはシールド部隊だけになってしまうだろう。それは実現不可能な計画であった。

「このケンタウロスが、1台しか作られないと知ったら、兵士たちはがっかりするだろうか?」
 ヘリックは、彼を守るために常に傍を離れぬ親衛隊隊長、ローザ大尉に問いかけた。
「皆、大統領の作戦を信じて戦うでしょう、これまでと同じように」
 ローザは信頼に満ちた眼差しをヘリックにおくるのだった。

 中央山脈の南部に立て篭もっていた共和国軍が平原地帯に向かって進撃を開始した。だが、レッドリバー沿いに進軍した部隊が敵の占領地に深入りし、逆に帝国の大軍に包囲されてしまった。
 
「脱出路を塞がれた。直ちに救援を頼む!」
 

 悲鳴のような無線通信が、総司令部のヘリックのもとに届いた。

 だが、南北に長く伸びた中央山脈の全域に部隊を配置した共和国軍には、救援に送るだけの十分な兵力の余裕は無かった。
 
「急がなければ、包囲された部隊が全滅してしまう。私がケンタウロスに乗って救援に向かう」
 ヘリックは大胆にも、総司令部の兵力を率いて、ローザと共にレッドリバーへ駆けつけた。

 帝国の包囲部隊は、突然背後から現れた見たこともない巨大ゾイドの攻撃に大混乱に陥った。ケンタウロスの槍が、アイアンコングの硬い装甲を次々と突き破り、川の水を赤く染めていった。ヘリックの鬼神のような活躍で、帝国軍の包囲陣に脱出用の大きな穴が開いた。

名誉と栄光を捨てて

 ケンタウロスがレッドリバーで包囲された共和国部隊を救うために中央山脈から東へ駆け下りている頃、1台の黒い不気味なゾイドが、西から中央山脈へ忍び込んでいた。所属部隊名も、機体番号も、国旗さえも付けていない正体不明のゾイド。そのコックピットには、コマンド兵用の顔料で顔を迷彩模様に塗りつぶした大男が乗り込んでいた。
 帝国軍大尉、フランツである。
 フロレシオ海の小島での失敗にもかかわらず、フランツは、ヘリックの誘拐を諦めていなかった。戦争を一日も早く終わらせたいという願いは、日一日と強くなるばかりだった。しかし、その後の戦況は彼に味方しなかった。共和国軍の進撃の前に帝国軍は後退を続け、フランツはヘリックから遠ざかるばかりであった。今や、ヘリックを生きて捕らえることなど不可能であった。

「残された手段は、俺の命と引き換えにヘリックを殺害することだけだ」
 フランツは、自分の体の一部のように馴染んだ軍服を脱ぎ捨てた。身分証明書、認識番号票、その他、身分を明らかにする一切の証拠品を捨て去った。優秀な軍人としての名誉ある過去と共に……。


 フランツの出撃は、たちまちゼネバス皇帝の知るところとなった。
「どんなことをしても、フランツを引きとめろ。ヘリックを殺させてはならん」
 ゼネバスは強い口調で命令を伝えた。
「栄光ある帝国軍人を暗殺者にしてはならん。もしヘリックを殺してしまったら、フランツは一生その罪に苦しまなければならんのだぞ」
 
 だが、既にフランツは、中央山脈の共和国占領地奥深く、引き返すことのできぬ地点まで潜入していた。フロレシオ海の小島での戦いが、そしてあのローザと名乗った女騎士の不思議な言葉が、フランツの胸に蘇ってきた。
<私は誰も倒したくない…>
 今度会った時も、あの女は同じ言葉を言うのだろうか?俺がヘリックを殺そうとしても!?
 
 ヘリック大統領の総司令部は、もはやフランツの目の前に迫ろうとしていた。

 ヘリック大統領の指揮するケンタウロス部隊が帝国軍を引きつけている間に、包囲されていた共和国部隊の脱出が始まった。兵士たちは、足音の立たぬように靴に布を巻き、森の中に張られた脱出路を示すテープに添って、忍び足で歩き続けた。
 こうして、数千の兵士が夜の闇に紛れて無事安全地帯へと脱出したのだった。

 だがその頃、ヘリック大統領のいない総司令部は、突如現れた正体不明のゾイドの猛攻にさらされていた。フランツの乗る改造デスザウラー、デスドッグである。

 脚部を二足歩行から四足歩行システムに改造したデスドッグは、デスザウラーでは行動できない山岳地帯を自由に行動し、スピードもデスザウラーを上回っていた。胸に装備した大型のビーム砲は、荷電粒子砲には敵わぬまでも、大型ゾイドを一撃で倒す威力を持つ恐るべき兵器であった。

 兵士のほとんどがヘリックと共にレッドリバーに出撃し、わずかな兵力しか残っていない留守部隊は、デスドッグの奇襲攻撃の前にひとたまりもなく全滅してしまった。

 帝国軍との戦いを終え、無事帰還したヘリック大統領とローザ大尉を待ち構えていたのは、完全に破壊された無人の総司令部であった。
 
「信じられん。敵がここまで潜入したのか!?」
 
 その瞬間、破壊された建物の瓦礫を破って地上に躍り出たデスドッグが、ケンタウロス目掛けて必殺のビーム砲を発射した。

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