天を駆ける救世主
1パーセントにかける…
ZAC2054年6月
ヘリックは、自分の確信を最後まで貫き通すことを決意していた。ゼネバスの生存と、そして若いパイロットの勇気を信じること。この二つの確信が正しければ、共和国は態勢を立て直すための、貴重な時間を得ることができるはずであった。
ZAC2054年6月2日夕刻。暗黒大陸ギル・ベイダー基地は絶え間ない爆音に包まれていた。十機を超える巨鳥が、共和国の主要都市を目指し、次々に大空へ放たれていった。
ギル・ベイダー大隊の発進を見送る二つの人影があった。
「美しく炎上する中央大陸が見られるぞ。十数時間後にな」
暗黒皇帝ガイロスが、隣に立つ長身の男に語りかけた。
男は、黙って頷いた。表情に変化はなかった。
その頃、暗黒大陸の上空三万mを、白い天馬が全速力でひた駆けていた。天馬を駆る騎手は、"暴れ馬"の異名を持つ男、共和国空軍中尉、ロイ=ジー=クルーガである。
「乗り心地は抜群ですよ、グラハム大尉」
クルーガは、今は亡きオルディオスの設計者に語りかけた。
グラハムが死ぬ寸前の通信で"やりかけの仕事"と言ったのは、オルディオスを完成させることだったのだ。
レーダースクリーンが、遥か下方の地表に暗黒ゾイドの姿を映し出していた。クルーガは、一気に垂直降下すると、たちまち数台の敵ゾイドを蹴散らしていた。
「これで、出てくるぞ。ギル・ベイダーのやつが…」
オルディオスは、再び超高高度に上昇していった。
戦火の彼方に
「敵巨大ゾイド上昇接近中。接触は、3分後」
オルディオスのコンピュータが警報を発した。
『果たして、俺は勝つことが出来るだろうか』
クルーガの自信がわずかに揺らいだ。
ふと目を移すと、コックピットのオーディオ装置のそばに、一本のミュージックテープが置かれていた。曲名は『運がよければ』。レイノスのコックピットでこの曲を聞き、グラハム大尉にどやしつけられたことを、クルーガは思い出していた。
だが、そのテープから流れて来たのは、聞き慣れたドラムスの三連打ではなかった。
「クルーガ、作戦中に音楽を聞くのはよせ…」
グラハム大尉の力強い声が録音されていた。
「オルディオスのコックピットでこのテープを聴くのは、おまえだろう。よく聞くんだ。ギルの弱点を探しても無駄だ。弱点があるとすれば、ギルの操縦桿を握るパイロットだ。一直線にそこを狙え。自分と愛機の可能性を信じろ。…それだけだ。幸運を、クルーガ。また会おう」
クルーガは、拳で涙をぬぐった。そして迫り来るギルを目掛け、一直線に駆け下りていった。
ビームスマッシャーの光の渦が、オルディオスを飲み込もうとしていた。クルーガは、無意識の内に回避しようとする自分を、懸命に抑え続けた。
コックピット内に放電が走る。全身の毛が逆立つ。電気系統が一瞬停止した。暗闇の中を、グラハム大尉、そして愛機ファルコンの面影が横切っていった。
再びコックピット内に明かりがついた時、ビームスマッシャーは、オルディオスの後方に遠ざかり、ギルの機首が眼前にあった。
「おれは、生きている…」
クルーガは、オルディオスの角、サンダーブレードの出力を限界値にまで引き上げた。
激突の寸前クルーガは、ギル・ベイダーのパイロットの、呆然と見開かれた青い瞳を、まっすぐに見つめていた。
右手にナイフを握り、クルーガは横たわった男の方へ身を屈めた。
男の苦しげに波打つ飛行スーツの胸に、Gのマークがあった。鮮血で赤く染められた、ギル・ベイダーの"G"である。
空中で激突した二体のゾイドは、もつれ合って暗黒大陸の荒れ果てた砂漠に落下した。オルディオスの自動脱出装置は、あのファルコンの時と同じように、忠実に作動してクルーガの命を救っていた。
クルーガのナイフが、ギル・ベイダーの若いパイロットの肩の肉を切り裂いた。男の口から呻き声が漏れた。短時間で、男の生命を危うくしていた強化ガラスの破片が、体外に除去された。
やがて男は、うっすらと目を開けた。何か言おうとして口を動かしたが、ついに言葉にはならなかった。
「幸運を…」
クルーガは、男の言葉にならない言葉に答えて言った。
行手には、果てしない悪意に満ちた砂漠が広がっていた。クルーガは、背中に静かな爆発音を聞いた。オルディオスの自爆装置が作動したのだ。
「許せ。おまえを暗黒軍の晒しものにするわけにはいかない」
クルーガは振り返らなかった。オルディオスはパイロットの気持ちをわかってくれるに違いなかった。ゾイドとは、本来そういう生命体なのだ。
共和国首都で、ヘリックは時計の針を見つめていた。ギル撃墜の報が入るべき時刻は過ぎていた。だがヘリックの信念は変わらなかった。
「HZ暗号を発信せよ。三分ごとに何度もだ。暗黒大陸のゼネバスに、よく聞こえるようにな」