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消えたゼネバス

帝国軍最後の戦い

ZAC2051年3月

 巨大なデスザウラーの頭部がキャノピーいっぱいに迫りつつあった。
 レイノスの青い機体を掠めるように、デスザウラーから発射された荷電粒子砲の嵐が通過していく。

「すげえ回避性能だぜ、こいつは……」
 クルーガ少尉は自機に損傷のないことを確認すると、操縦桿をめいっぱいに倒し込んだ。
「お札させてもらうぜ。荷電粒子砲にくらべりゃ、ささやかなもんだがね」
 レイノス自慢の三連装ビーム砲の光茫が、デスザウラーのレーダーオプションに吸いこまれ、一瞬にしてそれをただの鉄クズに変えていた。
 
 ZAC2051年3月、帝国皇帝ゼネバスは、残された全兵士を率い、グラス海に浮かぶニカイドス島に立てこもった。
 ゼネバスは、兄である共和国大統領ヘリックの再三の降伏勧告に、沈黙をもって答えた。
 ヘリックは、静かに最終作戦決行の断を下した。
「弟の大好物だったマドレーヌ菓子を焼いてくれ。これから、最後の面会に出かける」

 ニカイドス島上陸作戦は、高性能戦闘機レイノスによる海岸線レーダー基地攻略から、その火蓋を切った。
 レイノス部隊の一番機パイロットは、ロイ=ジー=クルーガ少尉。去年、任官したばかりの若き工ースであった。
 その攻撃的な性格から"あばれ馬"の異名を持つクルーガの勇猛さは高く評価されていたが、それゆえに、「奴はいつも、棺桶めがけて突っ込んでいく」と仲間を嘆かせていた。

「クルーガ一番機、作戦終了。帰還せよ」
 コックピットに満ちたロックのリズムに割り込むように、スピーカーからグラハム大尉のいらだった声が流れてきた。

「作戦中にはよけいなテープを回すなと言ったはずだ」
「了解。グラハム大尉。大尉はこの曲がお嫌いのようで」
 
 クルーガは通信スイッチをオフにすると、フルスロットルで、残存するデスザウラーめがけて突っ込んでいった。

 次の日の朝、水平線を隠すほどの大艦隊が、ニカイドス島の沖に集結した。200隻をこえる改造ウルトラザウルスの群れである。


 午前6時、上陸作戦が開始された。激しい砲弾の雨の中を次々に島に上陸するウルトラザウルス。その巨体の下には、最強ゾイド、マッドサンダーが抱きかかえられていた。

 ウルトラの巨体から放たれたマッドサンダーは、ただちに帝国陣地に襲いかかった。回転するマグネーザーが敵ゾイドを次々に弾き飛ばし、ビーム砲が帝国軍の防御線を引き裂いた。
「マッドサンダーが無事に上陸できれぱ、我が共和国軍の勝利だ」
 
 戦いはまさにヘリックの思い通りに展開していた。

謎のゾイド出現

 午前11時、海岸の帝国守備隊はほとんど壊滅状態に陥った。
 共和国軍は、ゾイドゴジュラスMK-Ⅱを中心とした要塞攻略部隊を上陸させた。
 
「ゼネバスを殺すな、生かして捕らえよ」
 ウルトラキャノン砲が轟音を響かせ、要塞に撃ち込まれた。
 それを合図に、共和国部隊の全ゾイドがゼネバスの要塞目がけて突撃を開始した。

「皇帝閣下、残念ですが、これ以上、持ちこたえられません」
 ゼネバスの私室に、帝国軍の司令が慌ただしく駆けこんで来た。
 そして彼は、ゼネバス皇帝の背を向けた肩が、小刻みに震えているのを見た。
 "閣下が泣いておられる"直立したまま、司令はゼネバスの背中を見つめていた。

 ゼネバスの肩の震えは、しかし涙ではなく、噛み殺したような笑いに変わっていった。
「我が兄、ヘリックよ。あなたが追いつめたのは、あなたの弟、ゼネバスではない。あなた自身だ」

 ゼネバスは、要塞を捨て脱出することを、残った全軍に指示した。
「新しい友人たちを迎えるのだ。帝国軍を再建するために」
 デスザウラーから射出されたゼネバスを乗せたビークルは、一気に加速すると、みるみる夕闇に吸いこまれていった。

帝国軍の砥抗がぱたりと途絶えた。
 
「敵はひるんだぞ!」
 われ先に要塞に突入する共和国兵士たち。だが要塞の中は、その時すでにもぬけの殻であった。もちろん、皇帝ゼネバスの姿も、煙のように掻き消えていた。

 1時間後、要塞の後方の海岸で、ゼネバスのものと思われるビークルが発見された。
「搭乗者なし」短い報告が、発見の報に続いた。

​ 共和国の兵士たちにとって、長い戦いの最後の日になるはずであった一日が暮れていった。
 それは確かに最後の日だったのだ。勝利の酒にかすかに頬を赤くした見張りの兵士が、突然素っ頓狂な声をあげるまでは。
 
「ソイドだ、ゾイド発見!」
「ばかもの、慌てるな! コングか、デスザウラーか、機種は?」
 連絡を受けた当直士官が、叱りつけた。
 
「帝国に、こんなゾイドはいなかったはずですが……」
 
 戦いの最後の日は、一転して新たな戦いの始まりの日に変わったのだ。

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