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はじめに

T・ミューラー

 ZAC(ゾイド星暦)2051年、町では出会う人々がまだ口々に新年の挨拶を交わす1月、中央大陸を二分していた共和国と帝国の、長い長い戦いの歴史にようやく終止符が打たれようとしていた。
 
 前の年の暮れ、帝国首都を包囲していた共和国マッドサンダー師団は、新年の休戦が明けた1月8日、共和国大統領ヘリックの直接の号令のもと、首都を守る城壁を越えて突入した。
 抵抗は、殆ど無かった。帝国皇帝ゼネバスの王宮の中をヘリックは弟の姿を求めて、ドアというドアをすべてノックして歩いた。だが、ゼネバスは既に王宮を脱出した後であった。突入から5時間後、ゼネバス城に共和国の旗が、海からの風をいっぱいに孕んで翻った。共和国兵士たちは、様々な思いで敵地にたなびく母国の旗を見つめていた。
 もし、この翻る旗の記憶が、それぞれの兵士たちの心の中に戦いの最後の記憶として残ったなら、私はあえてペンを握ろうとはしなかっただろう。
 その時すでに、地獄の蓋が開きかけていたのだ。それは、全てを飲み込もうとしていた。中央大陸での戦いに、勝利した者も、敗れ去った者も。
 我々に罪があったとすれば、それは中央大陸以外の大陸の存在に、ほとんど目を向けなかった事だ。
 
 北西の水平線の彼方で、地獄の大王は密かに我々の動向を伺い、襲いかかるチャンスを狙っていたのだ。暗黒大陸皇帝ガイロス。これが地獄の大王の名前である。もう少し早く、その事に気づかなければならなかった…。そうすれば、3年前に共和国と帝国の争いは終結していただろう。これは明らかに、我々の罪である。
 だが、我々はその罪のために、黙って地獄に落ちていくわけにはいかない。本書は、我々が、我々自らを救い出すための、戦いの記録である。

▲R=S=クルーガ中尉

 ここに二枚の写真がある。
 共和国空軍中尉、ロイ=ジー=クルーガの横顔と、もう一つは、彼の愛機レイノスが撮影した暗黒大陸の空撮写真である。
 あるいは、この写真が、彼の遺影になるかもしれない。彼は今現在も、暗黒大陸の空のどこかで操縦桿を握っているはずだ。
 私の研究所で、この戦いのために数々のゾイドが生まれ、クルーガをはじめ多くの勇敢なパイロットたちが、ゾイドと共に戦い、ある者は二度と中央大陸に戻らなかった。
 だが、すべての勇気と死は、未来へ向かって生き続けるのだ。戦時にも、平和の時にも。
 
 ちなみにクルーガ中尉は、共和国と帝国の戦いを一冊の優れた戦記にまとめられた、ヘリック記念戦史研究所のロイ=ジー=トーマス氏の甥にあたる。
 クルーガ中尉を主人公に、本書を書くことを許してくださった氏に、心より感謝したい。
 
(ZAC2054年中央研究所にて)

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