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結ばれた二つの手

共和国首都奪回

ZAC2048年12月

 共和国の大軍が、雪崩のように首都に突入した。4年間、この日の来るのを待ちわびていた共和国兵士たちは、首都への一番乗りを目指して、我先に突撃をくり返した。帝国軍の必死の防戦も、マッドサンダーの進撃の前に次々に踏みにじられた。勝ち誇る共和国軍は、帝国軍の司令本部を包囲した。マッドサンダーの長い角が、惰け容赦なく司令本部のビルを突き崩した。司令本部に掲げられていた帝国軍の旗が大地に落ちた。

 その時、町中の鐘が鳴り始めた。4年間鳴ることのなかった鍾の音が、町のいたる所で勝利の歌を奏で始めた。
 ZAC2048年12目、共和国首都は、ついに敵の手から解放されたのである。
 
 同じ頃、中央山脈で包囲されていた共和国山岳軍部隊も、空軍の総力をあげた救出作戦によって帝国軍の包囲網を撃ち破り、反撃に転じていた。ヘリック大統領の危険な両面作戦は成功し、共和国に残る帝国軍の運命は、今や風前の灯であった。
 
「共和国首都占領部隊、降伏」

「中央山脈進攻部隊、退却中」
 敗北の知らせがゼネバス皇帝の元に続々と届いた。ゼネバスは、皇帝の誇りにかけて、敗北のショックに耐えようとした。
 だが、副官が手渡した最後の通信文が、彼の心を打ち砕いた。
 
「マイケル・ホバート少佐。マッドサンダーとの交戦後、行方不明」
 ゼネバスの肩ががくりと落ちた。心配してかけ寄る副官に、ゼネバスは通信文を差し出した。
 
「マイケル少佐が行方不明だ。戦死したかもしれん」
 ゼネバスは両手で顔を覆った。
「あれほどの軍人が……、帝国を背負って立つべき科学者が……」
 
 悲しみが心を満たし、ゼネバスは部下がいることも忘れて、つぶやいた。
「兄、ヘリックには妻もいる、子も産まれた。だが私には、誰もいない。たったひとりの甥をこの手に抱くことさえできない。マイケル、私には、君が本当の弟のように思えてならなかったのだ」
 強大な帝国の支配者、皇帝ゼネバスでさえも、戦いの不幸の前には、無力なひとりの人間でしかなかった。

 病院の長い廊下を、ひとりの男がゆっくりと進んでいた。銃を持った2名の共和国兵士が、男を挟みつけるように並んで歩いた。
「ご要望の帝国軍捕虜を連れて参りました」
 兵士は、病室の前に立つ将校に書類を差し出した。将校は、男の顔をじろりと睨みつけて、書類の写真と見比べた。
「名前と階級は?」
「帝国軍少佐、マイケル・ホバート」
 マイケルの低い声が、静かにこだました。
 
「よし、捕虜の手錠をはずせ」
 兵士たちは驚いて顔を見合わせた。収容所の外では、捕虜に必ず手錠をかける規則になっていたのだ。
「いいから、早くはずせ!」
 将検の剣幕に震えあがった兵士は、乱暴に手錠を引っぱり上げた。
 痛みと悔しさが、マイケルの体を走った。
 
<こんな扱いを受けるために、僕は生き残ったのか>
 マイケルは手錠の跡が赤く残る手首をじっと見つめた。
 だが、二人の兵士が立ち去ると、将校はマイケルに軽く頭を下げた。
「失礼いたしました、少佐。手錠は不要と申しつけておいたのですが。どうぞ中へお入り下さい。教授がお待ちです」
 
 病室のドアが開き、ベッドに横たわる年配の男が、親しげにマイケルを見上げていた。
「あなたは…、マッドサンダーの……」
 マイケルの言葉がとぎれた。
 
「やっと、やっとこうやってお会いすることができましたね、マイケル少佐。チェスターです。ハーバート・リー・チェスターです」
 マイケルは信じられぬ思いでベッドの男を見下ろした。この顔…そしてこの声…、間違いない、僕を助け出した、あのパイロットだ。
 
「マイケル少佐、今日はお願いがあって、わざわざ来ていただきました」
 チェスターは、傍らの箱を開いた。
「これを完成して頂きたいのです」

 箱の中から出て来たのは、精巧に作られた人工の腕と足、一組の義手と義足であった。
「マイケル少佐、その小さな機械にどれほどの技術と科学が込められているか、あなたなら分かるはずです」

 マイケルは、銀色に光る義手に目を奪われた。それは、これまでマイケルが開発したどんなゾイドよりも、はるかに複雑で、しかも美しかった。
 
「残念ながら、この義手は私がひとりで開発して来たものではありません。ある科学者が、私に譲ってくれたのです。これを完成してくれと言って」
 チェスターは言葉を続けた。
「その科学音も、今の私と同じように病に侵されていました。そして、私にこれを預けた直後、亡くなったのです。この共和国首都で」
 マイケルは、驚いてチェスターの顔を見た。
「そうです。その科学者の名は、ドン・ホバート、あなたの父上です」
 
 チェスターの目が静かに閉じられた。
「あなたの父上も私も、数十年間兵器を作り続けました。戦いの中では、それが科学者の役目だと言われました。だが、私たちの産み出した兵器で何百万もの人間が傷つき、倒れたのです。町を破壊し、人々を傷つけるためだけに、私たちは科学を学んだのでしょうか」
 
 チェスターはマイケルの腕を引き寄せると、両手の上に義手をのせた。
「さあ、あなたがこれを完成するのです。あなたの父上もそう望んでいるのです。その義手の裏をごらんなさい」
 マイケルは義手を裏返した。銀色の金属の表面に小さな文字が刻まれていた。
 
『ゾイド星で、最も心正しい科学者に、これを託す』
 
 それは、間違いなく、懐かしい父の文字であった。マイケルは、義手をそっと抱きしめた。冷たい金属の肌が、マイケルの上気した頬を心地良く冷やした。
 一年半の間、戦争と死によって引き裂かれていた親子は、今やっと一つになったのだった。

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