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欺かれた小さな巨人

超巨大ゾイド攻撃作戦

ZAC2048年9月

 ヘリック大統領の立つ滑走路に、一台のサラマンダーが舞い降りた。地面におろされたタラップを、年配の男が駆け下りた。
「チェスター教授、おひさしぶりです」
 ヘリックとチェスターはがっちりと握手をかわした。

「大統領、敵の大反撃が開始されたそうですね」
「敵は中央山脈を取り戻すつもりです。新開発のゴリラ型歩兵ゾイドを、敵は戦線に投入して来ました」
 
 中央山脈がゼネバス皇帝の手に落ちれば、帝国軍は、中央山脈を横断する何本もの道を通って強力な援軍を占領中の共和国首都に送ることができるのだ。そうなれば、共和国軍が首都を取り戻す日はまた遠ざかってしまうのだった。

「大統領、もはや我が身の安全にとらわれている時ではありません。私が直接、研究所で新型ゾイドの開発の指揮を執ります」
 チェスター教授は、力強く一本の指を立てた。
「一ヶ月。後一ヶ月だけ敵をだまし続けて下さい。一ヶ月後には、新型ゾイドを首都に向けて進撃させてごらんにいれます」
 
 チェスター教授率いる新型ゾイド開発チームが、なりふりかまわず活発に活動し始めた。この動きを、帝国軍が捉えぬわけがなかった。直ちに、デスバードによる「第二次空爆作戦」が決定された。目標は、共和国セシリア市の西100㎞にある共和国研究所であった。そこに、何百人もの科学者と膨大な資材が集められ、強力な部隊が周囲をかためているとの報告が入っていたのだ。
 だが、慎重なゼネバス皇帝には、テスバードによる空爆だけで共和国の新型ゾイドの開発をストップできるとは思えなかった。
 
「何度、敵の研究所を破壊しようと、チェスター教授を捕らえなければ、敵の新型ゾイドはいつの日か完成してしまう」
 
 ゼネバス皇帝の命令で、「チェスター教授誘拐作戦」が発令された。デスバードによる攻撃の直前に、チェスター教授を研究所から誘拐し、空襲の混乱を利用して脱出しようという作戦である。
 ゼネバス皇帝は、この作戦を実行するうってつけのゾイドを持っていた。万能歩兵メカ、ゴーレムである。

 ゴーレムを乗せた高々度偵察機が、共和国奥深くに侵入した。
「目的地上空に到着。ゴーレム、降下せよ」
 
 ゴーレムの体が大空に飛んだ。ゴーレムを操縦するコマンド兵の顔が緊張で引きつった。高度3万mからの決死のダイビングである。パラシュートのかわりに背負った小型ロケットを逆噴射させて、ゴーレムは敵地に舞いおりた。

 共和国研究所に向かうただ1本の橋には、MK-Ⅱ部隊の守る強力な陣地が築かれていた。
 
「こんな所で戦っている時間はない。気づかれぬように渡ってしまえ」
 ゴーレムはサルのような身軽さで橋の鉄骨をよじ登り、物音ひとつ立てずに、敵陣を突破した。

 ゴーレムは研究所に忍び込んだ。デスバートとレドラーによる空爆開始まで後2時間。爆撃隊はすでに基地を飛び立って、この研究所に向かっているはずであった。
「急がなければ、俺も一緒に爆撃されてしまうぞ」
 ゴーレムはチェスター教授の姿を探し求めた。だが、広い研究所の中はほとんど人影がなく、機械の作動する音すら聞こえなかった。

「おかしいぞ。ここは本当に研究所なのか?」


 首をひねりながらさらに奥へと進んだゴーレムは、通路を曲がった所で、強敵、メガトプロスと鉢合わせになった。メガトプロスのビーム砲が、ゴーレムに向けられる。だがその瞬間、ゴーレムの体が宙を飛んだ。そして敵の頭上で回転しながら、ガトリング砲の連射をメガトプロスの首に叩き込んだ。一瞬にして勝負はついた。

「しまった、今の音を聞きつけて新手の敵が駆けつけるぞ」
 油断なく身構えるゴーレム。だが不思議なことに、あれだけの発射音が響き渡りながら、ひとりの兵士すら現れはしなかった。

遅すぎた暗号無線

 時間は矢のように過ぎていく。ついにゴーレムは研究所の格納庫に辿り着いた。そこには、見たこともない共和国ゾイドが立ち並んでいた。
「これが敵の新型ゾイドか?」
 
 だが、分厚い装甲の下から現れたのは、すでにスクラップになった赤錆びたゴジュラスであった。
「しまった。ここは囮のために作られた偽研究所だ!!」

 ゴーレムが侵入した研究所は、巨大な「幽霊」組織であった。
 表向きは、三百人の科学者と二万人の技術者が24時間働き続けているはずの研究所にいるのは、わずか数十人の軍人だけであった。彼らは毎日、たとえば「第三研究班は20台の高速コンピュータを注文」とか「守備隊を一中隊増員してほしい」とかいう、嘘の通信を山のように送り続けた。
 研究所の門を、昼も夜も多数のトラックがくぐり続けたが、行きも帰りもその荷台は空っぽであった。時たま、大型トレーラーが厳重な警戒の元、ほろでかくした巨大な荷物を運びこむことがあった。外から見るといかにも極秘の新型ゾイドに見える荷物の中身は、ゴーレムが格納庫で発見した赤錆びたゴジュラスにすぎなかった。
 こうして共和国軍は、チェスター教授が新型ゾイドを完成するまでの一ヶ月間、共和国に潜入している帝国軍スパイの目と耳を、この偽の研究所に引きつけようとしたのである。

​ デスバードとレドラーの空爆開始まで、残された時間は30分を切っていた。
 ゴーレムは建物の外に飛び出すと、自らの姿を隠すことも忘れて、通信を送り続けた。
 
「バクゲキタイ、タダチニ コウゲキヲ チュウシセヨ」
 
 だが、基地を飛び立って作戦を開始した攻撃機は、司令部以外からの通信はすべて無視する決まりであった。そうしなければ、敵の偽通信によって攻撃を中止してしまうこともあり得るからだ。運の悪いことに、ゴーレムには帝国の司令部と直接通信できる強力な無線機は積まれていなかった。もはやゴーレムには、いかなる手も打ちようがなかった。
 
 爆撃開始まで、残り時間はついに10分を切った。
「もう脱出するしかない。ここが偽研究所であることを、司令部に報告しなければ」
 ゴーレムが脱出を決意したその瞬間、狙いすましたビーム砲の一撃がゴーレムのエンジンを貫いた。
「しまった!敵の守備隊に発見された!!」

 朽木倒しに倒れるゴーレムの耳に、はるか上空から爆撃隊の爆音が聞こえて来た。偽研究所であるとも知らず、デスバードが爆撃を開始しようとしているのだ。

「ここじゃない、ここにあるのは、囮の偽新型ゾイドだ!」
 
 ゴーレムの叫び声を掻き消すように、無数の爆弾の落下音が空いっばいに響きわたり、続いて、凄まじい音と炎が研究所を覆い尽くした。
 目標の研究所にいるのが負傷した味方のゾイドだけとは知らず、デスバードとレドラーは、いたずらに爆弾を降り注ぐのだった。
 ゴーレムと共に、貴重な情報も砕け散ったのである。

 その頃、セシリア市から1000km以上北のアーサ市郊外に密かに設けられた地下研究所に、共和国の将軍たちが集められていた。
 
「諸君、ついに首都へ帰る日がやって来た」
 ヘリック大統領は力強く宣言した。
「チェスター教授が完成したこのゾイドを先頭にして!」

 格納庫の扉が開かれ、巨大な新型ゾイドが現れた。驚きの声がわき上がり、やがて喜びの拍手に変わった。
「こいつならデスザウラーを倒すのも夢ではないぞ」
 
 将軍たちは満足気に頷き合うのだった。

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