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死をかけた挑戦

マッドサンダー対改造デスザウラー

ZAC2048年12月

 真っ黒な雲が、共和国首都を覆っていた。不気味な雷鳴が遠い空に轟き、2本の稲妻が大地をえぐった。
 その雷雲の下に、『狂える雷神』マッドサンダーの姿があった。帝国軍の中型ゾイドを蹴散らし、陣地を踏み躙り、防御線を引き裂いて雷神は前進を続けた。目標は共和国首都、そして、戦う相手はデスザウラーのみであった。

 マッドサンダーの接近につれて、首都を脱出する人の数が日ごとに増え続けた。首都の空軍基地は西へ向けて飛び立つ輸送機で埋め尽くされ、どの機体も避難する帝国の人々ではちきれそうであった。
 
 そんな、人の流れとは逆に、帝国本土からひとりの軍人が首都空軍基地に降り立った。
 マイケル・ホバート少佐である。

「僕が共和国首都に来る時は、いつも大騒動が起きているんだな」
 マイケルは皮肉な笑いを浮かべた。
 
 マイケルの目的はただひとつ、チェスター教授の開発した新型ゾイドを、自分の目で確かめることだった。彼の開発したゾイドとどちらが優れているのか、心要とあらば一戦を交える準備もできていた。マイケルが、共和国首都防衛用に開発した決戦メカ『デスファイター』が、すでに首都防衛部隊に配備されていたのである。
 
「チェスター教授、やっとあなたと戦うことができるのですね」
 マイケルは、この一年半の間、彼が追い求めたライバルの姿を心に思い描くのだった。

 マイケル少佐の操縦する改造テスザウラー、デスファイターが、たった1台で首都の城壁の外に陣取った。
 マイケル少佐は雪に覆われた平原を見渡した。地平線の奥にポツンと黒い点が現れ、ゆっくりと近づいて来た。マイケル少佐は双眼鏡をかまえた。双眠鏡の丸い視野いっぱいに、マッドサンダーの巨体がとびこんで来た。2本の長い角、頭部にはり出した厚い装甲板、そして2門のビーム砲。どの部分も重々しく、いかなる攻撃も跳ね返しそうであった。弱点は?どこにもありそうになかった。

「……素晴らしい。これこそ、完璧な戦闘機械獣だ」
 マイケルはゆっくりとデスファイターを前進させた。これほどの敵に出会いながら、戦わずに退却することなど、マイケルには考えられなかった。

 マイケル少佐は一直線にマッドサンダーに接近した。
「敵はまずビーム砲で攻撃してくるだろう」
 だが、ビーム砲の射程距離に入ってもマッドサンダーは砲門を開かなかった。
 
「格闘戦で戦おうというのか。おもしろい」
 マイケルはエンジンの出力を最大限に上げた。デスファイターが雪の大地を蹴った。
 一気に距離を詰めると、マッドサンダーに避ける暇を与えず巨大な電磁剣を真っ向から敵の頭部に振り下ろした。だが、平原に響き渡る轟音の後、猛烈な火花と共に砕け散ったのは、デスファイターの超合金の剣であった。

勝者は応えず

 双眼鏡でマッドサンダーの姿を捉えた時、すでにマイケル少佐には、これから始まる戦いの結果が分っていた。 
<デスファイターが勝利を得る可能性はほとんどない>
 科学者としての直感と、戦いの揚をくぐり抜けた軍人の経験が、マイケルにそう告げていたのだった。
 それにもかかわらず、マッドサンダーに立ち向かうマイケルの胸には、死への恐怖心も敗北の悔しさもわいてこなかった。ただ、目の前に迫るマッドサンダーの、その能力の全てを知り尽くしたいという思いがあるだけだった。
 
 かつてゼネバス皇帝に不安を感じさせた、マイケルの人並みはずれた探究心と闘志が、この決戦の場で、また、彼の心をとらえてしまったのだ。
 今のマイケルには、首都の防衛も祖国の勝利も関係なかった。自分の命すら顧みようとしていなかった。
 しかし、それは、いかに戦いの中にあろうと、人間として、人並みの心を持つゾイド星人として、越えてはならぬ一線であった。

 必殺の一撃を弾き返されながら、デスファイターはひるまずにマッドサンダーの2本のドリルをがっしと握って、敵の動きを止めた。

 

「荷電粒子砲、発射!」


 幾多の共和国ゾイドを鉄屑に変えた、デスザウラー最大の武器、荷電粒子砲が至近距離からマッドサンダーの頭部に叩きこまれた。

 目も眩む荷電粒子砲の光の中から、マッドサンダーの傷ひとつない巨体が現れた。
「粒子砲さえ跳ね返すのか!」
 マイケル少佐の口から驚きと尊敬の叫びがほとばしった。

 その時、マッドサンダーのドリルが回転を始めた。鋭い先端がデスファイターの分厚い装甲に食い込み、瞬くうちに、胸のエンジンを刺し貫いた。

 猛烈な振動がデスファイターのコックピットを襲った。あらゆる警報ブザーが鳴り響き、計器板から火花がはじけ散った。
 マイケル少佐の体がゴムまりのように弾んで、ヘルメットが吹き飛んだ。キャノピーの外で、空と地平線がぐるぐると回り、続いて、岩だらけの地面がマイケルの頭の上いっぱいに降って来た。
 デスファイターの巨体が、マイケル諸共大地に激突した。

破れたキャノピーから吹き込む雪まじりの風が、コックピットに横たわるマイケルの体を包んだ。
 
<………負けた……なのに僕は…まだ生きている………>
 ひび割れたキャノピーの向こうに雪雲に覆われた空が広がり、やがて、こちらに近づいて来るマッドサンダーの姿が見えた。
<……最強のメカ………無敵のゾイド……お前をこの手で作りたかった……>
 
 薄れていく意識の中で、マイケル少佐はマッドサンダーに語りかけていた。
<…さあ……一息にとどめを刺すがいい……>
 
 マイケルの目の前が暗くなった。その暗闇の中に、マイケルが開発したゾイドが現れた。デスバード、デスシャドー、デスファイター、ゴーレム。4台のメカがマイケルを見下ろしていた。
 そして、彼らの頭上にとてつもなく大きな鋼鉄の足が現れ、マイケルが全力を注いで開発したゾイドを踏み潰そうとしていた。
 
「やめろ!」
 
 叫び声をあげながら、マイケルは目を開いた。
「気がついたかね?」
 年配の男がマイケルの顔を覗きこんでいた。男の着るパイロットスーツの胸に、共和国軍のマークが縫い付けられていた。
 
「…僕を…助けてくれたのか?」
 男は、優しくうなずいた。
「君の勝ちなのに……なぜ、とどめを刺さん?」
「敵は倒さなければならん。だが、殺すことはない」
 男は、背後のマッドサンダーを指さした。
「これが、あのゾイドの戦い方なんだ」
 
 男はマイケルを立たせた。
「君は我が軍の捕虜だ。名前は?」
「帝国軍将校、ホバート」

 男の肩がビクリと震え、マイケルの顔をじっと見つめた。
「戦いに敗れたからと言って、生きることを投げ出してはいけない。君にはこれから大きな役目が待っているんだ、マイケル・ホバート少佐」

 そう言うと男は、驚くマイケルを後に残して、マッドサンダーに向かって歩き始めた。
「待て!なぜ僕の名を知っている?君はいったい誰だ?」
 マイケルの声が雪原にこだました。だが、男は何も答えず、マッドサンダーのコックピットに消えていった。

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