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首都に吠える巨砲

科学者救出作戦

ZAC2047年4月

 野戦服に身を固めた一人の将校が、ゼネバス皇帝の王宮の長い廊下を足早に進んでいた。重い野戦ブーツの靴音が、大理石の天井にこだまして、静かな王宮に戦場の騒音を撒き散らしていた。

「技術少佐、マイケル・ホバート、ただ今到着致しました」

 ゼネバス皇帝は、部屋の入口で敬礼するマイケル少佐に歩み寄ると、彼の両手をしっかりと握った。
「マイケル、悪い知らせだ。君の父上が亡くなられた」
 マイケル少佐の目が大きく見開かれた。
「いつ……、いつのことでしょうか」
「二日前、我が軍が占領する共和国首都で」
「共和国首都で?科学者の父がなぜそんな所へ?」
 ゼネバスは、ゆっくりと説明を始めた。


「我が軍が捕らえていた共和国科学者、チェスター教授に会いに行ったのだ。重い病気に罹っていたにもかかわらず」
 納得がいかぬ気なマイケル少佐に向かってゼネバスは言葉を続けた。
「君の父上は、ただ一人で何かを開発していた。おそらく強力な新型ゾイドだろう。そして、死の直前に敵の科学者、チェスター教授に会いに行かれた」
「チェスター教授に会えば、その秘密が解けるかもしれないのですね」
 ゼネバスは大きく頷くと、マイケルに命令を下した。
「マイケル・ホバート少佐、君を父上の後を継いで、新兵器研究所所長に任命する。直ちに共和国首都に向かい、チェスター教授を取り調べて、新兵器の謎を聞き出すのだ」
 
 マイケル少佐の乗るレドラーが共和国首都へ飛んだ。しかし、チェスター教授の元へ駆けつけようとしていたのはマイケル少佐だけではなかった。帝国軍に捕らえられた大科学者、チェスター教授の救出を目指す共和国軍が、分解した共和国ゾイドと帝国民間人に変装した決死部隊を密かに占領下の共和国首都に忍び込ませ、攻撃の時を待っていたのである。

 ZAC2047年4月の日曜日、共和国首都は静かな朝につつまれていた。夜通しのパトロールを終えた帝国軍兵士が、日曜日のミサに参加しようと教会の中へ入っていった。

 だが、薄暗い教会で彼が見たのは、完全武装の共和国兵士と巨大なゾイドであった。外へ転がり出た帝国軍兵士は、近くの電話に飛びついた。

「司令部!司令部!教会の中に共和国ゾイドが!!」
 だが、電話に出た当直士官はうるさそうにこう言った。
「並んでお祈りしていろ」

​ その瞬間、教会の壁を突き破って通りに姿を現した改造ディバイソンの巨砲が火を噴いた。ウルトラキャノン砲の2倍以上もある86センチ砲から次々に砲弾が撃ち出され、首都は大混乱に陥った。

 同じ頃、小型ゾイドに乗った救出部隊が、首都の地下に網目のように張り巡らされた地下水道を慎重に進んでいた。チェスター教授の捕らえられている収容所に地下から潜入する計画なのだ。

「急げ。改造ディバイソンが地上で暴れまわっている間に任務を完了するんだ」
 隊長の低い声が暗い地下水道にこだました。ネプチューンに乗って道案内を務めるのは、かつて首都水道局の技師であった軍曹である。
 
「大丈夫か。道は間違ってないだろうな」
 隊長が心配そうに声をかけた。
「任して下さい。昔は道に迷ったドブネズミが私に道を尋ねたくらいですから」
 軍曹の活躍で、救出部隊はまんまと収容所に忍び込んだ。

「チェスター教授、救出に参りました」
 隊長の声と同時に、メガトプロスが教授の囚われていた独房の壁をぶち破った。
 
「荒っぽくて申し訳ありません。あいにく、お部屋の鍵を持ち合わせませんもので」

 軍曹が教授の体をメガトプリスの後部座席に押し上げた。
「よし、脱出だ。アロザウラーとの合流地点へ向かうぞ」
 敵の激しい銃撃を背に受けながら、メガトプロスは首都の道をかけ進んだ。

アロザウラー危機一髪

「チェスター教授救出作戦」に参加した兵士たちは、共和国軍特殊部隊から選びぬかれた精鋭揃いであった。彼らは、「陽動班」「救出班」「脱出班」に分かれ、各チームが分刻みの正確さで任務を果たせるようになるまで、何ヶ月も猛訓練を続けたのであった。しかも、脱出班を除く二班の兵士たちが無事に戻れる可能性は、ほとんど無かった。一人の人間のために、これほど大規模な作戦が実行されたのはゾイド戦役を通じて一度もなかったといえよう。
 
 共和国軍司令部にとってチェスター教授は、どれほどの犠牲を払っても救出しなければならぬ科学者であった。彼は、二十代の前半から第一級の科学者として認められ、以来四十年間、共和国のほとんどのゾイドの開発に携わって来た。中でもチェスター教授の名声を決定的なものにしたのは、超巨大ゾイド、ウルトラザウルスの開発であった。
 ゾイド星でチェスター教授と並ぶ科学者を挙げるとすれば、マイケル少佐の父であり、デスザウラーの設計者である帝国科学者ドン・ホバート博士だけであろう。チェスター教授とドン・ホバート博士は、ゾイド星の科学界に輝く二つの巨大な星であった。
 その二人が、ホバート博士の死の直前に初めて出会い、何を語り合ったのか。その謎を解くために共和国首都に赴いたマイケル少佐を待っていたのは、「チェスター教授逃亡」という思いがけぬニュースであった。

 敵の追撃のために傷だらけになったメガトプロスが、脱出班との合流地点に辿り着いた。
「敵の追跡を振り切るため、高速ゾイドに乗り換えて下さい」
 
 隊長は、チェスター教授を改造アロザウラーに乗り移らせた。

「敵は我々が食い止めます。教授、お元気で」
 敬礼する隊長を後に残して、高速タイプに改造されたアロザウラーは、時速200kmを超える猛スピードで稲妻のように首都の中を突き進んだ。

​ 今や首都は、混乱の極みに陥っていた。改造ディバイソンの86センチ砲が撃ち出す巨大な砲弾が、首都のあちこちに火災を引き起こしていた。
 
「いいぞ、ディバイソン。派手に撃ち続けて、敵を引きつけてくれ」
 チェスター教授を乗せたアロザウラーのパイロットは、一直線に首都の外を目指した。
 ところが、首都の外に近づくほど敵兵の姿が増え始め、ついには、アロザウラーの行く手に最強の敵、デスザウラーの巨体が現れた。

「なんで、こんな所にデスザウラーがいるんだ!」
 
 アロザウラーのパイロットは、金切り声を上げながら、敵の前で立ち往生した。
 改造ディバイソンの86センチ砲が効果をあげすぎたのである。首都のあちこちに落下する巨弾に驚いた帝国軍司令部は、新型ゾイドを先頭にした共和国軍の総攻撃と思い込み、虎の子のデスザウラーに、避難命令を出した。その移動中のデスザウラー部隊の中へ、アロザウラーは飛び込んでしまったのだ。

「引け、引き返せ!」

 アロザウラーが身を翻そうとした瞬間、デスザウラーのビーム砲が至近距離で炸裂した。横倒しになったアロザウラーを、デスザウラーの巨大な爪が掴み上げた。

​ その時、アロザウラーの頭部が炎を吹きながら飛び上がった。驚くデスザウラーを尻目に、コックピットはぐんぐんと上昇した。

「ダブルソーダー、直ちにコックピットを回収してくれ」
 
 予め上空に待ち受けていたダブルソーダーが、コックピットを空中でキャッチした。ついに共和国軍は、多大な犠牲を払いながらもチェスター教授の救出に成功したのだった。

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