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全て偽りの島

火山島攻防戦

ZAC2047年7月~12月

 帝国補給線分断作戦の失敗は、共和国軍内部に新型ゾイドの完成を望む声を更に強める結果となった。だが、そのためには大きな問題があった。チェスター教授の身の安全である。替え玉教授がこれ見よがしに各地をまわっていたが、そうそういつまでも帝国軍を騙せるものではなかった。司令部は何度も会議を開いたが、名案は出て来なかった。

 ここで、戦いの舞台に奇妙な二人組の軍人が登場する。
 その二人、ルイス大尉とマーチン少佐は、共和国軍の中で知らぬ者のいない変わり者の将校であった。二人は雨の降る日は軍服に洗剤をふって外出した。こうすれば歩くだけで洗濯が済むというのだ。戦場では、履いていた靴下を茶こしにしてお茶を入れ、平気で部下にご馳走したりした。
 ルイスとマーチンは、チェスター教授を守るために二人で考えだした「かまどとツバメ」作戦をヘリック大統領に提出した。計画書を読み終えたヘリックは、、ルイスとマーチンの顔を交互に睨みつけた。
 
「馬鹿げた作戦だ。こんな事を考え出す軍人は、敵の中にさえおらんだろう」
 ルイスとマーチンは縮みあがった。
「だが、そこが素晴らしい。この作戦なら帝国軍を騙せるかもしれん」
 ルイスは嬉しさのあまり大統領に抱きつきそうになった。
「この作戦の良さがわかるとは、大統領も大したものです」
 マーチンは、無礼なお世辞を言って、ヘリックの顔をしかめさせた。
「さて、『かまど』作戦と『ツバメ』作戦は、どちらが担当するのかね」
「私が『ツバメ』作戦を受け持ちます」
 ルイスとマーチンは同時に答えた。ヘリックは笑いながら命令を下した。
「二人で『かまど』作戦を担当したまえ。危険で難しい作戦だ。安心したまえ。簡単な『ツバメ』作戦は私が受け持ってあげるよ」

 ルイス将軍とマーチン将軍が、大軍を率いてフロレシオ海の小島に乗り込んできた。
「いいか、この島に飛行場と要塞と軍港と兵器工場を建設するぞ」
「映画館を言い忘れてるよ」
 ルイスが小声で注意した。二人のにわか将軍の指揮の元に、小島はみるみるその姿を変えていった。8日間で4千mの滑走路6本を持つ共和国一の爆撃機基地が出現し、2週間目には地下に大工場が完成した。
 これほどの大工事と兵力の集中を、帝国軍偵察機が見逃すはずがなかった。ZAC2047年11月、デスザウラーを先頭にして帝国軍上陸部隊が島に襲いかかった。ルイスとマーチン両将軍の守るこの小島こそ、チェスター教授の潜む秘密研究所と睨んだのだった。

 共和国軍は、全く不意を突かれたようであった。軍港に並べられていた何十台ものゴジュラスが、デスザウラーの荷電粒子砲によって瞬く間に破壊された。
「兵士諸君、最後の一兵に至るまで勇敢に退却するんだ」

 アロザウラーに乗ったルイス部隊を密林の中に逃げ込ませた。そのくせ、弱小のハンマーロック部隊に出会うと、派手な格闘戦を演じて見せるのだった

 ルイスの乗るアロザウラーは、デスザウラーの前を逃げまわった。軍港から要塞へ、要塞から飛行場へ、飛行場から地下工場へ。おかげでデスザウラーは何の苦労もなく、小島に建設された巨大な施設のすべてを自慢の粒子砲で破壊することができた。驚くべきことに、帝国軍は上陸一日目にして全ての目標を攻撃し粉砕することができたのだ。
 残るは、島の中央部に立て篭もる共和国部隊のみであった。

巨竜、倒れる

 だが、その時小島に残っていた共和国軍は、守備隊と呼ぶことも躊躇われるほどの小部隊だけだった。そもそもルイスとマーチンが率いた大軍は、そのほとんどが軍の土木工事を受け持つ設営部隊であった。彼らは基地の完成の後、敵に気づかれぬように、夜の間にバリゲーターに乗って島を脱出していた。

「脱出前に、屋外トイレを建てられるだけ建てておいてくれ」
 マーチンのこの風変わりな命令によって、1万人分の屋外トイレが島中に建ち並んだ。偵察機の撮影した島の写真を詳しく調べた帝国司令部は、トイレの数から小島の共和国軍兵力を1万人と計算し、4万人の大軍を送り込んできた。上陸作戦を成功させるためには敵の3倍以上の兵力が必要なのである。
 ルイスとマーチンの考えた「かまど」作戦の狙いは、帝国軍に、なんの価値もない小島、帝国領土から遠く離れているために占領し続けることもできない小島を、大軍で攻撃させることであった。それによって、膨大な時間と兵器、弾薬、燃料、食料、船、そして兵士たちを無駄使いさせようとしたのである。
 帝国軍がもう一度これほどの大作戦を行うには、準備だけで半年近くかかる。その頃には、チェスター教授が新型ゾイドを完成しているはずであった。

 デスザウラーは、ルイスの乗るアロザウラーを追ってついに火山の頂上まで登ってきた。 
「マーチン、どこにいるんだ。早く交代してくれ」
 
 ルイスが悲鳴をあげた時、マーチンの乗るディバイソンが岩陰からダッシュしてデスザウラーに猛烈な体当たりを浴びせた。不意を突かれたデスザウラーは、バランスを崩して火山の火口へよろめいた。

「うまいぞ、マーチン。もう一発体当たりをお見舞いしろ」
「馬鹿言え。こっちまで火口に落ちてお陀仏だ」
 マーチンは至近距離から17門突撃砲を浴びせかけた。さしものデスザウラーも、どうとばかりに火口の溶岩の中へ落ちていった。
 
「よし、ルイス。ゾイドを捨てて密林の中へ潜り込むぞ。帝国軍は目的通り我々の基地を破壊したんだ。一週間もしないうちに大満足で撤退するさ」
 ルイスとマーチンは、しっかりと握手を交わして自分たちの作戦の成功を祝い合った。

 ちょうどその頃、共和国内の空軍基地で、ヘリック大統領はチェスター教授を長い大空の旅へ送り出そうとしていた。二人の前には、機内を研究室に改造した特別仕立てのサラマンダーが出発準備を整えていた。

「チェスター教授、今日からこの飛行機があなたの研究室です。地上のどこにいるよりも大空の方が安全です」
「地上との連絡は?」
「サラマンダーには、無線、テレビ電話、ファクシミリ、兵器研究所のメインコンピュータに繋がれたミニコンピュータが装備され、通信はすべて自動的に暗号化して送られます」
 
 チェスター教授は、半ば感心したように、半ばうんざりした様子で、大統領の説明を聞いていた。
「サラマンダーは空中給油を受け、72時間飛び続けます。つまり三日に一度地上に戻って必要な物資を積み込んで、また安全な大空を飛び続けるのです」
「そいつは素晴らしい。敵の収容所では運動時間は一週間に一度しかなかったですからな」
 
 チェスター教授の皮肉に、ヘリックは肩をすくめた。
「教授の設計に従って、地上の三箇所の研究所が新型ゾイドの試作機を製作します。どこか一箇所が攻撃を受けてもまだ二箇所残ります。三箇所全てを攻撃されても、教授には何の危険もありません」
「完璧な作戦ですな」
 チェスター教授は、サラマンダーに乗るタラップの途中でくるりと振り向いた。
「ひとつお尋ねしたいのですが、この『ツバメ』作戦を考え出されたのは、大統領ご自身ですか?」
「私がこんな無礼な作戦を考えたですって。とんでもない」
 大統領は大げさに怒ってみせた。
 
「ルイスとマーチンという、礼儀知らずの将校です。二人は今頃、あなたの身代わりとなって帝国軍の大軍から逃げ回っているはずです」
「その二人にチェスターがこう言っていたと伝えて下さい」
 チェスター教授は大声をあげた。
「君たちは、野蛮人で詐欺師で、天才的な作戦家だと」

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