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消滅

ZAC2101年11月 ニクス大陸 帝都ヴァルハラ

 ヴァルハラに舞う雪が、次第に強さを増していく。暗黒大陸に、本格的な冬が訪れようとしていた。その降り積もる雪を、PK師団と連合軍兵士の血が染めていく。
 
 圧倒的な戦力差で帝都になだれ込んだガイロス・ヘリックの連合軍だったが、皇帝官邸を死守するPK師団は頑強だった。さほど高くもない敷地の壁を、戦闘開始からもう1時間も超えられずにいる。
 
「1時間…」
 口に出して、シュバルツは絶望的な気持ちになった。プロイツェンがルドルフを生かしているなら、とっくに交渉の手札に使っているはずだ。焦りが募る。
 
 一方、市街地戦を指揮するハーマンも疑惑を募らせていた。包囲され、逃げ道も勝利の望みも失った兵士がとる行動パターンはそう多くない。普通は投降するか、玉砕覚悟の攻勢に出るかだ。だが、敵のこの粘り強さはどうだ。まるで、自らを盾に時を稼いでいるかのようだ。
「何のために?」
 ハーマンは、凡庸な指揮官ではない。特に前線で指揮をとる時、野性的ともいえる直感で、たびたび部隊の危機を救ってきた。その直感が危険と告げている。それも、最大ボリュームでだ。
 
「官邸攻撃部隊のシュバルツ中佐を呼び出せ!」


 通信兵に叫んだ。だがまさにこの時、皇帝官邸では壁の一角が崩れ、シュバルツは突入部隊の先頭に立って邸内に消えていた。通信は不通。


「師団長さまが、先陣切って突入かよ!」
 ハーマンは、力任せに通信マイクを叩きつけた。

▲同じ頃、ルドルフもまた戦っていた。だが、すでに満身創痍のゴールドタイガーは、停止寸前の状態だった。

 デスザウラーの巨大な爪が、ゴールドタイガーの首を締めあげていた。もはやタイガーに、抜け出すカが残っているようには見えない。デスザウラーが、あと少しだけ力を込めればコクピットは砕け、ルドルフは肉塊に変わるだろう。
 
 ここまで、5分にも満たない戦いだった。デスザウラーは、傷ひとつ負っていない。それでもプロイツェンは内心、軽い感動を覚えていた。
 ルドルフの戦いぶりは称賛に値した。肉を切らせて骨を断つという表現がある。この少年は肉を切らせる代わりに、一本のパイプを断とうとした。皇帝たる身を投げ出して、それで救えるであろう数万の民を想ったのだ。動きも見事だった。プロイツェンをしてかわせたのは、ルドルフの狙いが最初から明らかだったからだ。操縦知識さえろくにないはずの少年が、ただでさえ扱いの難しい高速ゾイドを鮮やかに操ったのだ。

 そういえば、あれはいつだっただろう? まだ皇太子だったルドルフに、一度だけゾイド乗りの心得を語ったことがある。
 
――ゾイドは技術ではなく、強い想いで操るのだ。
 そう言ったと思う。
 
――その想いに応えてくれるのが、ゾイドなのだ。
 そうも言ったはずだ。あの日のことを、ルドルフは覚えていたのだろうか? 少なくともゴールドタイガーは、ルドルフの想いを感じ、応えようとした。そういう動きだった。
 
 なおも抵抗しようと、タイガーが爪を立てた。
「策略だけに生きた我が人生の最後に、真のゾイド乗りと戦えたこと、幸せに思う」
 儀礼の消えた深い声。プロイツェンの手が、静かに赤いボタンに伸びた。起爆スイッチだ。 
「頃合だ。ともに逝こう、ルドルフ皇帝」

 その刹那、轟音と共に背後の壁が崩れ落ち、1機のゾイドが飛びこんできた。アイアンコング。肩にガトリング砲を装備した、シュバルツ専用コングだ。
 
 だがなぜ、このタイミングでシュバルツが現われ得たのか? 官邸内に突入したシュバルツは、戦闘指揮を部下に任せ、自らは通路に向かった。限られた者しか知らない、秘密の地下通路。不測の事態から皇帝を守るために造られた、シェルターおよび脱出口につながる通路だ。通路の出口は極秘事項で、シュバルツも知らない。だが、敷地内ならあたりはつく。そして侵入したシュバルツは通路を逆行、この格納庫へたどり着いたのだ。

 反射的に振り向くプロイツェン。そこにコングのガトリングビームがきた。超重装甲を誇るデスザウラーも、必ずしも鉄壁ではない。荷電粒子吸入ファンや関節部など、いくつかの弱点をもっている。粒子砲発射口のある口腔内もそうだ。そこを狙いすました一撃だった。重傷の身を感じさせないシュバルツの精密射撃。ビームが、上顎からコクピットのある頭頂部を突き抜ける。急速にカを失っていくデスザウラー。その手からゴールドタイガーがもがくように脱出し、滑り落ちざま、爪で、牙で、やみくもにパイプを引きちぎった。

 暗黒大陸の戦いが終わろうとしていた。市街地でも邸内でも、少しずつ砲撃がやんでいく。 
 PK師団は、最後まで勇敢に戦った。ある者は、弾を撃ち尽くしたハンマーロックでジェノザウラーに肉弾戦を挑んだ。またある者は、破壊された愛機から這い出し、小銃でゾイドに突撃した。
 
 投降した者はゼロ。ここまで壮絶に戦った部隊は、永き惑星Ziの戦史にも例がないはずだ。
 雪が、もう動かない兵士たちを包んでいく。その満ち足りた死闘を見つめながら、ハーマンは彼らの奇妙な共通点に気づいていた。老兵であることだ。老いた者が、自ら望んでこういう戦いをする理由はひとつしかない。

「PK師団は捨て石か!」
 
 自分の夢を継いでくれる、次代のための捨て石。だとしたら、満ち足りて死ぬには、まだ道連れが少なすぎるはずだ。
 危機を告げる彼の直感は、今や確信に変わった。マイクを引っ掴む。帝都を埋め尽くす連合軍に、脱出命令を出すのだ。
 マイクに向かって叫びながら、無意識にハーマンは南の空を振り返っていた。故郷に続く南の空を。
「鉄竜騎兵団は、中央大陸か…」

 ブラッディデスザウラーのコクピットが炎に包まれている。キャノピーは砕け、パネルには放電が走る。コングの砲撃を受けたにしては、軽微な損害と言える。ビームの侵入角が、わずかに浅かったためだろう。


 それでも重砲の至近弾は、生身の人間に致命傷を負わせるには十分な衝撃だ。この時、プロイツェンに息があったかどうかは疑わしい。だが、その生死の狭間の一瞬、彼は確かに鮮明な夢を見た。中央大陸全土に、ゼネバスの旗が翻る夢である。

▲PK師団全滅。プロイツェンもまた、炎に包まれたデスザウラーのコクピットで最期の時を迎えようとしていた。

 旧ゼネバス領の、民衆の歓声が聞こえる。共和国とガイロス帝国の圧政から彼らを解放した、息子ヴォルフ・ムーロアを讃える声が。彼ら民衆とともに、ヴォルフは成し遂げるだろう。父、ゼネバス・ムーロアが夢見た惑星Zi統一を。そして、戦うことしか知らない未熟なこの星に、圧倒的な武力をもって、真の平和を打ち建てるのだ。
 
「だが…」
 
 頭のどこかで、別の考えもよぎる。息子ヴォルフの、自分とは似つかない優しさについてだ。そして、ガイロス帝国皇帝たるルドルフが見せた純粋さについても。戦いと混乱だけの歴史を生きた父や自分とは違う、新たな世代が生まれようとしていたのかもしれない。自分の生は、その新たな芽を摘むためにあったのだろうか?
 満足と後悔。希望と不安の中、プロイツェンの思考は止まり、起爆スイッチを探す指だけが動いた。

▲起爆装置、起動。強烈な閃光とともに、内部崩壊し始めるブラッディデスザウラーのゾイド核。

▲皇帝官邸、消滅。その直後、ヴァルハラの各所でも次々に破滅の閃光が走った。

▲爆発の刹那、シュバルツのコングはルドルフを庇いながら、格納庫の床に思いきり拳を叩きつけた。

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