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反乱

ZAC2101年11月 ニクス大陸 帝都ヴァルハラ

▲ヴァルハラで反旗を翻したプロイツェン。ヘリック・ガイロス連合軍は帝都に向かう。

 皇帝官邸を守る警護隊は1個大隊。パレード映えする、きらびやかな部隊であった。隊員たちは、決して実戦に出ることのない名家の後継ぎばかり。お飾りであるといっていい。
 帝都を守るのは義勇兵。聞こえはいいが、総攻撃命令にも予備役に回された2線級以下の部隊。要は素人である。
 
 この劣弱な部隊に、突如PK師団が襲いかかった。総兵力は、装甲、機動歩兵各5個師団。それもプロイツェンに命を捧げた、歴戦の旧ゼネバス兵で固めた鉄の部隊であった。

 戦闘とも呼べない虐殺の後、帝都は制圧され、皇帝官邸のガイロスの旗が燃やされた。初雪が舞う中、代わって掲げられたのは蛇と短剣をあしらった深紅の旗。50年前滅びたゼネバスの旗であった。
 
「諸君…」
 プロイツェンの演説が始まった。

「我が名はムーロア。ギュンター・プロイツェン・ムーロア。ネオゼネバス帝国初代皇帝である」
 PK師団15万人から、割れるような歓声があがる
 
「時は来た。今こそゼネバスの旗の元、戦う時だ。ヘリック、ガイロスを打ち倒し、長きに渡る屈辱の歴史に終止符を打て。そして、我らが祖国、中央大陸へ還るのだ!」
 
 あらゆる地上波にのせた、ヘリック共和国、ガイロス帝国両軍に対する挑発。そして、新帝国建国の宣誓であった。
 シュバルツは、そしてすべてのガイロス兵は、初めて知った。自分たちが命をかけて黙々と従ってきた男が、異国の王の血族であったことを。また、同時に恐れもした。この長きに渡って一国を欺き、最高権力者にまで登りつめ、野望を温め続けてきた男の、鉄の意志と知力に。

 だが、果たしてこの反乱は成功するのだろうか?
 PK師団と、未だ姿を見せない鉄竜騎兵団がいかなる力をもっていようが、今帝都に向かって進撃してゆく帝国残存部隊を相手にできるはずがない。先鋒だけで30個師団。後方各地で再編成中の部隊は、その4倍を超える。それだけではない。共和国軍30個師団も、この進撃に随伴しているのだ。負けるはずがない。
  
 それでも、ふだんのシュバルツであれば、プロイツェンの無謀とも言える決起に違和感を覚え、裏を読もうとしたはずである。だが怪我と、ルドルフの安否に対する不安が判断力を曇らせていた。

 

「皇帝陛下は、生きておいでなのか?」

 

 そう思う。殺すより、生かして交渉に利用する方が得策であるはずだ。
 
 ガイロス軍とともに、ヴァルハラを包囲しつつある共和国軍のハーマンは、もう少し冷静だった。鉄竜騎兵団を投入するなら、こちらの包囲が完了する前であるはずだ。だが、その気配がない。
 あの影の部隊には、もっと大きな使命があるのではないか? 彼らの初代皇帝を守るよりも、もっと大きな使命が…。

 帝都ヴァルハラのほぼ中心に位置する皇帝官邸には、ちょっとした基地並の施設が整っていた。惑星Zi全大陸に覇を唱えようとした前皇帝ガイロス。その武骨ぶりを示す名残だ。プロイツェンが唯一手元に残した深紅のデスザウラーは、この施設に運びこまれていた。その巨体の前で、対峙する2人の皇帝。プロイツェンとルドルフであった。
 
「ブラッディデスザウラー。見事な赤でしょう? あなたの帝国を血に染める、赤き死竜です」
 モニターに、ひしひしと官邸を取り囲む無数の連合軍が映し出されている。
 
「あなたを救おうと、必死のようだ。自分たちが、自ら袋に飛びこんできた鼠とも知らずに…。このパイプが何かご存じか?」
 プロイツェンが、ブラッディデスザウラーの背部から伸びた無数のパイプを指差した。
「地下で枝分かれを繰り返し、ヴァルハラの要所数十箇所に繋がったパイプです。そして、その先には、機獣化が間に合わなかったデスザウラーのゾイド核がある。これらの核が、一斉に内部崩壊を始めたとしたら?」
 
 微笑むプロイツェンが、幽鬼のように見えた。2年前、デスザウラーの実験体1号機が核崩壊した時、実験地となった西方大陸オリンポス山は、死の山と化したという。その数十倍規模の爆発? 3000万市民の住む、この帝都で?
「ブラッディデスザウラーは、ゾイド核同時崩壊を誘発する、いわば起爆装置。私自身の手で、復讐の第1幕を引くためのね」
 
 プロイツェンの無謀な反乱の真の目的。そして彼が以前語った「つじつま」とは、ヘリック・ガイロス連合軍と共に自爆することだったのである。
 
 
 
「この2年で、無数の民が死んでいきました。それでもなお、さらなる血をお望みか。ムーロア皇帝」
 
 初めて、ルドルフが口を開いた。12歳の少年とは思えぬ威厳と、12歳の少年にふさわしい真っすぐな怒りをこめた声。
「それがゼネバス兵、50年の恨みを晴らす唯一の道と? ガイロス、ヘリックを道連れに、あなたの兵士ともども地上から消え去るおつもりと!?」
「そう」
 
 プロイツェンもまた、威厳をもって返す。
「私とPK師団は、喜んで礎となる覚悟。我が帝国の、真の復活のために」
「礎? 皇帝たるあなたが?」
「我が意志は、息子ヴォルフと鉄竜騎兵団が継ぐでしょう。すでに中央大陸へ船を出した鉄竜騎兵団が…。そして彼らは旧ゼネバスの民と呼応し、戦力のすべてを暗黒大陸に送り込んだ共和国の領土を、無人の野を行くように駆けるでしょう」
「そのために? そのためにあなたは、自ら囮になったと!?」
「徒手空拳から40余年。この程度の覚悟なくして、遂げられる望みとは思っておりません」
 
 しばしの沈黙。やがてルドルフは、深く息を吐き出した。
 
「決闘を、申しこみます」
「決闘? 私と、囚われのあなたがか? 何のために? それで、私に何のメリットがあると?」
「損得ではありますまい。ガイロス皇帝たる私が、ネオゼネバス皇帝たるあなたに申しこんだ決闘です。誇りをもって、受けられるか否かです」
 真っすぐな目。
「皇帝の誇り…。確かに、理由としては申し分ない。それに、あなたの兵士たちが十分に集まるには、まだしばしの時間がある。その間、ただじっと待つのも芸のない話。その申し込み、謹んでお受けしよう」
 
 幼い少年を嘲る風の一切ない、真摯な声でプロイツェンが応えた。ルドルフが微笑む。
「正直に言って、私はあなたが好きではありませんでした。ほんの小さな頃から後ろ盾として私の一番近くにいながら、一度も心を見せようとしなかったあなたを…。
 でも、同時に尊敬もしていました。人を導く立場の者の有り様を示してくれたのは、あなただけでしたから……。もちろん今も、あなたは好きではありません。でもあなたが、あなたの民と兵のために示された生き様のように、私は私の民と兵を守ってみせます!」

 決闘に際して、ルドルフはセイバータイガーを乗機に選んだ。官邸に備えられた、金色に輝く皇帝専用機。


 プロイツェンの乗機は、ブラッディデスザウラーである。戦力差は、ハンデとも呼べない開きがある。ゴールドタイガーは、ノーマル機の1.5倍とも言われる高性能機だが、デスザウラーの戦闘力とは比べるべくもない。いや、そもそも乗機の戦力差以前の問題だった。ルドルフは、付き添いなしにゾイドのコクピットに座ったことすらない。逆にプロイツェンには、異変後の混乱期に、自らゾイドを駆って暴徒を鎮圧した筋金入りのゾイド乗りの一面があった。
 
 最初から勝機のない戦い。だが、互いの乗機を選んだのはルドルフ自身だった。勝つつもりはない。デスザウラーのパイプの1本でも引きちぎり、1人でも多くの民と兵を救うことだけが望みだ。たとえそれが、限りなく絶望的な望みだとしても…。

▲セイバータイガーゴールドで、プロイツェンのブラッディデスザウラーに挑むルドルフ。幼きガイロス皇帝は、彼の民と兵を救うため絶望的な戦いに命を懸けようとしていた。

▲待ち受ける罠も知らず、皇帝官邸前まで進出したガイロス・ヘリックの連合軍は、PK師団と激突した。

▲一方、プロイツェンの意思を継いだ鉄竜騎兵団は、中央大陸に密かに接近。上陸の時を待っていた。

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