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記憶

ZAC2056年11月 ニクス大陸 旧首都ダークネス

 ZAC2056年。飛来した巨大隕石が、惑星Ziの3つの月のひとつを直撃。砕けた月の無数のかけらが、この星に降り注いだ。後に言う惑星Zi大異変である。大陸が割れ、水没し、数千万単位で人が死んでいくその未曾有の混乱の中、ひっそりと息を引き取ったひとりの男がいた。


 ゼネバス・ムーロア。一度は中央大陸の覇権を握ったこともある英雄。旧ゼネバス帝国の皇帝であった男である。ヘリック共和国との戦いに敗れ、ガイロス帝国に吸収される形で暗黒大陸に亡命した彼は、かつての部下たちが捨て駒のように死地に送られていくのをただ黙して見ているしかなかった。なんの実権も持たされなかった彼は、旧ゼネバス兵をガイロスのために戦わせるための人質でしかなかった。70年にも渡る戦いの末に彼が得たものは、一人娘のエレナだけだったのである。
 
 エレナが喪主を務めた彼の葬儀は、質素なものであった。その葬列を、離れたところから見つめるひとりの少年がいた。ギュンター・プロイツェン。代々ガイロス帝国の摂政を務める、名門プロイツェン家の嫡子だった。大異変により一族のほとんどが絶え、次なる当主となるべき彼であったが、その忠誠はガイロスにはなかった。彼は、周囲が隠そうとした己の出生の秘密を知っていた。自分がゼネバスと、ゼネバスを愛した亡き母との間に生まれた子であることを。


 葬列を見送りながら、少年は一度も顔を見ることなく逝った父の無念を想った。そして誓った。ゼネバス帝国を、いつの日かこの手で再興してみせると…。

 ギュンター・プロイツェンの幼い誓いの日から、40年以上の歳月が過ぎたZAC2098年。一代で強大な軍事国家、ガイロス帝国を作り上げた覇王ガイロス皇帝が逝去。代わって、わずか10歳の幼帝ルドルフが起った。

 実権は、摂政たるプロイツェンが握ったと言っていい。あの大異変からこの国をここまで立て直せたのは、ほとんど彼の功である。民衆からの信頼は絶大であった。この圧倒的な支持を背景に、政敵を次々と粛清。議会を完全に掌握した。さらに旧ゼネバス兵を中心に、親衛隊「PK師団」と影の部隊「鉄竜騎兵団」を編成。満を持して、ZAC2099年8月、ヘリック共和国に対して宣戦を布告した。


 プロイツェンが秘めた大戦略は、ガイロス帝国とヘリック共和国を共倒れさせることであった。負けることは無論、勝ちすぎるわけにもいかない。難題であった。だがZAC2101年7月、彼は薄氷を踏むような策謀の積み重ねの末、ついに共和国軍を暗黒大陸に引き入れることに成功した。後は、互いがすり切れるような消耗戦に持ち込み、両軍を地上から消滅させればいい。そして、悠々とゼネバスの旗を掲げるのだ。


 9分9厘、事態はプロイツェンの思惑通りに進んでいる。だがまだ1厘、彼を不安にさせる2人の男がいた。ひとりはカール・リヒテン・シュバルツ。プロイツェン家と並ぶ名家の若き当主であり、国防軍最強の第1装甲師団を率いる指揮官である。ガイロスへの忠誠だけでできたようなこの男が、以前からプロイツェンに疑惑の目を向けていたことは彼も知っている。だが、軍閥に絶大な人気を持つこの男を粛清すれば、国防軍全体を敵に回しかねない。もうひとりは幼帝ルドルフ。近頃驚くほど大人びた。この幼帝が聡明なことは、よく知っている。
 
 持ち時間はそれほど長くないかもしれない。そんな予感が、プロイツェンの脳裏を一瞬掠めていった。

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