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暗殺

ZAC2101年9月 ニクス大陸 トリム高地・共和国軍前線基地

▲共和国軍の最前線に位置するトリム高地軍事基地で開かれた、極秘の会談。2年以上に渡る戦争に今、転機が訪れようとしていた。

 この日、歴史に残る会談が行われようとしていた。帝国国防軍の至宝と呼ばれるカール・リヒテン・シュバルツ中佐と、共和国大統領ルイーズ・エレナ・キャムフォードの血縁と噂されるロブ・ハーマン中佐。階級では計れない影響力を持つ2人の会談であった。
 
「わずか2機の護衛で、敵の懐に乗りこんでこられるとは…。噂以上の豪胆ぶりです」
 ハーマンが差し出した手に、シュバルツが笑顔で応じた。

「だが私の呼びかけに、こうも早く反応してくださるのは…、貴君にも心当たりがおありになると考えてよろしいのでしょう?」
「鉄竜騎兵団…ですか。我ら帝国軍と同じガイロスの紋章をつけながら、同胞に牙を剥く謎の部隊がいるとの噂は聞いています」
「我が軍の高速部隊が、その鉄竜騎兵団の指導者と思われる人物と遭遇しました」
「それは?」
「ヴォルフ・ムーロアと名乗る男」
「ムーロア!?ゼネバスの亡霊か!?」
「そして、おそらく裏で糸を引くのは…」
「ギュンター……プロイツェンですね」
 ため息をつくように、シュバルツが呟いた。
 
 確証があっての言葉ではない。だが逆算すれば、この陰謀を実現できるカをもつ者は、プロイツェン以外にありえなかった。
「共和国軍情報部の読みも同じです。だが、理由が見えない。共和国、帝国の双方を襲って、プロイツェンに何の得があると?」
 
 ハーマンの疑問はもっともであった。すでにプロイツェンは、帝国の実質的な支配者である。その上の座は、皇帝の地位しかない。だが鉄竜騎兵団の動きは、クーデターの布石とは程遠いものだった。さらに言えば、プロイツェンはその気になれば、一兵も使わずに現皇帝たるルドルフを暗殺できる立場にいる。
 
「私にも分かりません…」
 シュバルツが首を振った。かねてよりプロイツェンの行動に疑問をもっていたシュバルツにしても、彼が50年前に滅びた国の王の遺児であるとは、想像の埒外のことだった。
 
「…だが、いずれにせよ疑念が確信に変わった今、これ以上あの男の行動を見過ごすつもりはありません」
「この会談が、両国の和平の第一歩になると考えてよろしいと?」

 ハーマンの問いに深くうなずき、シュバルツは踵を返した。だがその時だ。突然、けたたましい警報が鳴った。

▲プロイツェンから放たれた刺客 それは恐るべき性能を秘めた、闇の獣王であった。

「何事だ!?」
「基地内に侵入者!敵襲です。第2、第6エリア、沈黙!」
 モニター監視員がハーマンに叫び返す。
「このタイミング。敵の狙いは…」
「このシュバルツに向けられた刺客でしょう。恐らくは、プロイツェンからの…」
 
 2人の予想は当たっていた。プロイツェンにとってシュバルツは、目の上のコブであり、その行動は常に監視下に置かれていた。この極秘の会談ですら、その目から逃れることはできなかったのだ。

▲ヨハン・H・シュタウフィン
高速ゾイドの操縦では、エース級の実力を持つパイロット。プロイツェン直々の命令により、シュバルツ暗殺の任につく。

▲トミー・パリス
開戦以来、常に最前線で戦ってきた歴戦のパイロット。愛機コマンドウルフACをはじめ、高速ゾイドのエキスパート。

 

 シュバルツが旧ゼネバス一派の野望を知る。それはプロイツェンにとって、最悪の事態だ。だが同時にこの会談は、密かにシュバルツを葬るチャンスでもあった。


 このチャンスを確実に活かすため、プロイツェンは最高の機体と最高のパイロットを用意した。最新鋭の高速ステルスゾイドと、ヨハン・H・シュタウフィン軍曹である。シュタウフィンは国防軍有数の高速ゾイド乗りでありながら、旧ゼネバス兵であるというだけの理由でエースになれなかった男だ。与えられたゾイドは、旧式のヘルキャット。貧弱な機体で死地を幾度となくくぐり抜け、今日まで何とか生き延びてきた。
 そんな彼がプロイツェン直々に命じられたのが、この刺客の任務だ。ゼネバス復興の夢を語られ、最新鋭機を与えられた(この時点で、全ての旧ゼネバス兵がプロイツェンの計画を知っていたわけでは、もちろんない。機密が漏れることを防ぐため、一般兵には段階的に計画が告げられることになっている)。
 失われた祖国を取り戻す戦い。
 
「ここで死んでも悔いはない」
 叫び出したいような歓喜の想いを胸に、シュタウフィンは基地司令室に迫りつつあった。

▲音もなく忍び寄る刺客に、共和国基地防衛隊は次々と餌食になった。

 そのシュタウフィンの侵入に、最初に気づいたのは基地守備隊のトミー・パリス大尉だった。ロブ・ハーマンが、最も信頼する部下。彼は、今夜の会談に備え、守備隊の指揮を任されていた。その彼の眼前で突然、味方ゾイドが爆発炎上して崩れ落ちた。敵影なし。レーダー反応なし。常識的には、遠距離から狙撃を受けたと考えるのが妥当だ。

――だが違う、とパリスの本能が告げていた。肌がヒリヒリするような感覚。敵は近い。歴戦のゾイド乗りだけが持つ勘だ。

 レーダーの索敵範囲を絞り、出力を上げる。熱源反応にも気を配る。やはり反応はなし。
 また、味方機が燃え上がった。パリスのすぐ横にいたやつだ。
 計器が役に立たないなら目視する。パリスの切り替えの早さは、工ースの名にふさわしいものだった。だが彼が対峙する敵は、戦士の本能や経験さえ及ばない怪物だったのだ。
 
 闇の中、何かが閃いたと思った瞬間、彼の愛機は引き裂かれ、炎と共に崩れ落ちた。

トミー・パリスが敵の姿を確認した時、すでに必殺のレーザークローの一撃が眼前に迫っていた。

 基地司令室のハーマンのもとに、悪夢のような報告が次々と舞い込んでくる。最初の警報からわずかに5分。その間に3つの防衛小隊の連絡が途絶えた。なのに、敵の数も機種も未だ不明。不明のまま、悲鳴と爆炎だけが司令室に近づいてくる。
「パリス大尉はどうした!?」
 ハーマンが叫んだ。
「応答ありません!」
 管制室も叫び返す。
 
「シュバルツ殿を連れて脱出しろ!」
 意を決したように、ハーマンが周囲の兵士に目配せした。
「いや」
 シュバルツが首を振った。自分を狙う刺客を他人に、それも敵軍の兵士に任せ、こそこそ逃げ出すのは彼の流儀ではなかった。
「私も迎撃に出ます。刺客が帝国ゾイドなら、お役に立てるかもしれない」
 
 言うなり、シュバルツは護衛の部下と共に駆け出した。止める間もない。
「くっ」
 やむなくハーマンも、彼の部下と後に続く。
 シュバルツが、愛機セイバータイガーを起動した時、すでに爆炎は目の前に迫っていた。なのに敵の姿がない。だが、その何もない空間に、シュバルツはガトリングを撃ち込んだ。パリスと同じだ。シュバルツにもまた、歴戦の戦士の本能が備わっていた。
 
 直撃するはずの間合い。だが、それが避けられた。ガトリングの弾道をかわして、ザッと何かが宙に跳ぶ。直後、左右の護衛機が爆発する。護衛はダークホーンとライトニングサイクス。ガイロス帝国が誇る主力ゾイドだ。それが、ほとんど一撃で葬られた。
 なんという運動性能。なんという破壊力なのか。
 2機の護衛機の残骸から立ち昇る炎が大気を揺らした。そこに一瞬、ライオン型ゾイドの影が浮かび上がり、そして再び闇の中に消え去った。

▲帝国具の主力ゾイド2機を、一瞬で葬った暗殺ゾイド。この恐るべき敵の正体は?

「光学迷彩…。ステルス機か!?」


 シュバルツが呻いた。光学迷彩。機体の背後の映像を前方のエネルギースクリーンに映し出すことで偽装し、姿を隠す技術。別に、目新しいものじゃない。ヘルキャットの時代から実用化されている装備だ。だが、こいつは従来のステルス機とは別物だ。これだけ高速移動しながら、ほとんど迷彩に綻びがない。出力と、映像の処理速度が桁違いなのだ。

▲ロブ・ハーマンも、新型ゾイド・ケーニッヒウルフを駆って、自ら迎撃に出たが…

「何だ、あの機体は!?」
 追いついてきたハーマンが叫ぶ・
「わからん」
 もはや、互いに儀礼的な言葉を使う余裕はない
「だが、確かに帝国の紋章が見えた。私の知らない帝国機なら…」
「鉄竜騎兵団か!」
 
 そう、ステルス機の正体は、プロイツェンが鉄竜騎兵団のために密かに開発した帝国製ライガーゼロ。共和国ゼロの全CASの最大公約数的な武装と、最新ステルス装備を併せ持つ「ゼロイクス」だった。
 
「ステルス機が相手なら、このケーニッヒに任せてもらおう」
 ハーマンのオオカミ型ゾイドが、シュバルツ機の前に出た。その輝く3連スコープは、「ステルスキラー」と俗に呼ばれる高性能カメラだ。背部のスナイパーライフルと連動して、驚異的な射撃命中率を誇る。だが…。


「右だ!」


 シュバルツがほんの僅かな空間の歪みに気づかなかったら、ハーマンの愛機は鉄屑に変わっていたはずだ。この至近距離では、イクスの動きをカメラの視界に捉えられないのだ。逆に距離を取り、視界を広げなければならなかった。
 
「私が囮になる」
 もう一度シュバルツが前に出た瞬間、目の前の空間の歪みが激しく放電した。エレクトロンドライバー。イクスの最強兵器、超高電圧ビーム砲。近距離で最大の威力を発揮するこのビームは、やすやすとシュバルツ機のゾイド核を貫いた。

▲ライガーゼロイクスは、電撃を自由に操るゾイドでもあった。至近距離で恐るべき破壊力をもつエレクトロンドライバーが、容赦なくシュバルツ機を撃ち抜いた。

▲ビームは、シュバルツ機後方の格納庫の扉も破壊。ここで開発中だった巨大ゾイド・マッドサンダーの存在まで暴かれてしまった。

 大破し、崩れ落ちるシュバルツ機。損傷度から見て、パイロットが生きている可能性は1割もないだろう。それでも、シュバルツ暗殺が目的である以上、シュタウフィンは確実にとどめを刺すべきであった。だが彼は、突然眼前に現れた魅惑的な目標に目を奪われていた。
 雷神マッドサンダー。旧大戦で、デスザウラーをも凌ぐ戦闘力を誇った超巨大ゾイド。帝国のデスザウラー復活計画に備え、共和国はこの怪物を甦らせようとしていたのだ。しかもそれは、すでに完成寸前に見えた。
 
「マッドサンダーを破壊すれば…」

 シュタウフィンは、より大きな栄光に目が眩んだ。自分が今、歴史の分岐点に立っていることも知らず。
 白兵戦用の高電圧剣スタンブレードを閃かせて、イクスが格納庫に踊りこんだ。逃げ惑うことしかできない共和国の整備兵たち。


「行ける!」


 そう確信する。だが、彼は忘れていた。闇と、時速300キロを超えるスピードと、立体的に動ける空間があってこそのステルス機能であることを。

▲ついにスコープにイクスの機影を捉えたケーニッヒウルフの、スナイパーライフルが火を吹いた。

 狭い格納庫。しかも、予測できる動き。ハーマンは、ケーニッヒのスコープに鮮やかに映し出されるイクスの姿を捉えた。


 スナイパーライフルが火を吹く。10キロ先の中型ゾイドの装甲を突き破る徹甲弾が、50メートルに満たない至近距離でイクスの体に突き刺さる。高速ゾイドの装甲は強固とは言いがたい。イクスの体はブリキのように折れ曲がり、壁に叩きつけられ、そして動かなくなった。

コクピットから救出されたシュバルツは、ただちに集中治療室に運ばれた。

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