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ゼロ発進

 任務に赴くたびに厳しい状況に巻き込まれることで軍内でも有名な、<大嵐>ことボビー・マックスウェル少佐は、今、文字通り「嵐」の真っ只中にいた。
 完成したばかりの新しいアーマーに換装した試作機・ライガーゼロを駆って長距離走行テストを行っていた最中に悪天候に見舞われ、おまけにその地帯に潜んでいた敵の残存勢力に発見され、「落ち武者狩り」の偵察機と勘違いされて集中砲火を浴びせられていたのだ。さらに運の悪いことに、テスト走行をモニターしていたはずの味方機、ストームソーダーが、この不意の悪天候でゼロを見失い、離れ離れになってしまったのである。
 
――まったく、今日はなんて素晴らしいテスト日和なんだ!」
 走ってきたコースを全速力で逆走しながら、マックスウェル少佐は叫んだ。
「天候は最高、前方視界良好――雷様までオレの任務を祝福してくれてるぜ!」

 遠方に大きな落雷が機条にも煌めいている。それに呼応するように、敵の砲火が雨あられと降り注いだ。一発がゼロの前脚をかすめて着弾する。
「ひゅうっ! おまけに、テストには最適な強力な<敵>さんのお出ましだぜ! まぁったく! 今日は本当についてるなっ!」
 ゼロは、重いアーマーを身に纏いながらも、敵の火線を素早く潜り抜け、頼もしい激走を続けていた。だがそれも時間の問題であった。敵は追撃戦用の改造機――ライトニングサイクス・カスタムを持ち出してきたのだ。
 
「逃げるなんて本当はシャクなんだが…<ゼロ>はまだ完成したばかりだ。オレの今の任務は無事にゼロを基地まで帰還させること。それしかない」
 必死に体勢を立て直しながら、マックスウェル少佐は呟いた。
 
 オォ… オォ… オォ…
 
 その時、ゼロの体内から、「核」の唸りが聞こえてきた。哀しそうな、獣の鳴き声にも似た音である。マックスウェル少佐は唇を噛んだ。
「…そうかお前も悔しいか……。だが、待ってな。基地についたら換装して、すぐに反撃してやるぜ。それまで耐えるんだ」

――
 ゼロの装甲に熱線が直撃した。着弾のショックでゼロがよろける。
「まだだ!」
 ショックアブソーバーが加重を減らして前脚を立ち直らせ、ゼロは力強い前進を続けた。
「まだ倒れるには早いぜ!」
 
 しかしダメージは相当なものだった。ゼロの装甲の一部が高出力のパルスレーザーで炭化し、今にも剥がれ落ちそうになっている。ライトニングサイクスが後部モニターの隅にちらりと映った。その砲口が、真直ぐにゼロの機体を追尾していた。敵は手練だった。
「やばいぜ……ん?」
 ふと前方の地形を見る。40年前の火山活動でつくられた、広大な溶岩大地が目の中に飛び込んできた。溶岩が冷えて固まった、荒々しい岩の凹凸が縦横無尽に広がった場所だ。
「そうか――よし!」
 少佐は、ゼロを迷わずその中へと突っ込ませた。慌てて、ライトニングサイクスがその後を追う。ゼロの影が、岩陰の向こうに、消える。
 
――行くぞ、ゼロ!」
 
 マックスウェル少佐は<緊急>パネルをこじ開けた。
――

コ ア

 ライトニングサイクスの操縦者は見た。爆発の中から、見たこともないゾイドが勇ましく飛び出してくるのを。それは、全てを脱ぎ捨てた<素体>のゼロの勇姿だった。
 ゼロは素早く岩山の上で方向転換すると、敵ゾイドに蹴りかかった。強制分離した装甲が周囲の岩山を破壊し、足場の乱れに混乱したライトニングサイクスが、一瞬、ゼロの動きを見失っていた。次の瞬間――食い千切ったパルスレーザーの砲塔を吐き捨て、ゼロは全力で戦場を脱出していた。敵ゾイドの支援部隊の到着を肌で感じていたのだ。マックスウェル少佐は呟いた。
 
「生き物ってのは、生まれたままの姿で戦う時がいちばん輝いて見えるんだ。
―――そう思うだろう? なぁ、ゼロよ」
 
 ゼロの「核」が嬉しそうに唸った。

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