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西方大陸戦争終幕の中で…

ZAC2100年10月 北エウロペ大陸 帝国軍ニクシー基地

 本撤退作戦における貴官の使命は、あの小ゾイドの移送である。最優先かつ極秘裏に任務を遂行せよ――。よいか、ヴォルフ。同胞50年に渡る長き悲願が、この「欠けたピース」にかかっていることを忘れるな。
(帝国摂政ギュンター・プロイツェンの暗号指令より)

▲「帝国軍残存部隊を殲滅せよ!」司令部の命令を受けた共和国の大軍が、ニクシー基地へと突撃した。

 喧騒の中、エレファンダー1個大隊が出撃していく。最新鋭の重装甲ゾイド100機の雄叫びは、身震いするほど勇ましい。だが、彼らに生きて還る望みはない。彼らは盾となるのだ。主力部隊が撤退するための、時間を稼ぐ盾と…。
 ZAC2100年10月。西方大陸エウロペの戦いは、最終局面を迎えていた。ウルトラザウルスを中心にした共和国デストロイヤー兵団が、帝国防衛線を突破。帝国軍の最重要拠点、ニクシー基地に砲撃を開始したのだ。強化改造ゾイドだけで編成されたデストロイヤー兵団。中でもウルトラの1200ミリウルトラキャノンの威力は凄まじく、司令部を含む基地の主要設備は完膚なきまで破壊された。

デストロイヤー兵団の砲撃で帝国軍を追い詰めた共和国軍。西方大陸戦争最後の戦い、ニクシー基地攻略戦が始まった。

▲「帝国軍残存部隊を殲滅せよ!」司令部の命令を受けた共和国の大軍が、ニクシー基地へと突撃した。

▲撤退を開始した帝国軍主力部隊。共和国軍から逃げ切ることができるのだろうか?

 ニクシー基地には、基地外や地下格納庫に逃れた帝国ゾイドがまだ数万機いた。だが、そのほとんどは損傷し、指揮系統も混乱を極めていた。もはや帝国軍に、共和国大部隊から基地を守る力は失われていたのだ。ここに至って、ついに本国の帝国軍総司令部は、エウロペからの全面撤退を決意。残存兵力の本国引き上げを計画した。だが、残存部隊を輸送艦隊に積み込む時間が必要だった。誰かが盾となり、脱出まで共和国軍を足止めしなければならない。

 
 その「誰か」は、すぐに決まった。ゼネバス帝国出身の兵士たちだ。50年前、ガイロス帝国に吸収されて以来、捨て駒はゼネバス兵の役目と決まっている。
 エレファンダーを含むとはいえ、彼らに与えられたゾイドは500機足らず。一方、突入してくる共和国部隊は、第1波だけで5個師団(戦闘ゾイド約5000機)。絶望的な戦いである。それでも、ゼネバス兵の士気は高かった。それは、彼らにとってこの戦いが、ガイロス兵を逃がすためのものではなかったからだ。

「ヴォルフ様のために…」

▲出撃していく決死隊。彼らに与えられたのは、最新鋭の重装甲ゾイド、換装機獣エレファンダーであった。

 ゼネバス兵たちは、一様に胸のうちで眩いた。そう、彼らはただひとりの男を守るためだけに、笑って死地へ赴こうとしていた。
 偉大なる母国、ゼネバス帝国再建の夢を託すに足る、ヴォルフ・ムーロアという名の男を守るためだけに…。

▼無数の共和国軍に向かって咆哮するエレファンダー。思わぬ強敵の出現に、共和国突撃部隊の進撃が止まった,,

――熱くなっている。
 自分でも分かっていながら、レイ・グレックは怒りを抑えきれずにいた。わずか10機の小隊で、基地の最深部まで先行しているのがその証拠だ。報せを聞いたからだ。
 
――アーサー・ボーグマンが死んだ。
 
 あのクレイジー・アーサーが! 今朝、出撃前に届いた報せは、信じられないものだった。最高のゾイド乗り、アーサー。死神に最も嫌われた男。同じ「レオマスター」と並び称されていても、格の違いはレイ自身が一番知っていた。一兵卒だった彼のゾイド乗りとしての素養を見抜き、中尉まで引き上げてくれたのもアーサーだ。その恩人が死んだ。帝国軍が造り出した制御不能の凶戦士、デススティンガーとの戦いで、命を落としたのだという。

――許せない。
 そう思う。デスザウラー復活計画にOS計画。矢継ぎ早に新型機を投入してくる帝国軍は、この戦争に勝つためというより、実験でもやっているかのようだ。何か別の目的のための実験。そんな曖昧な「何か」のために、アーサーが死んだ。それがレイには許せなかった。

 そのせいだろうか。レイが定めた標的は、ゾイドを満載した格納庫ではなく地下工場だった。見覚えのないゾイドが2機並んでいる。装甲すら施されていない未完成機。帝国は、またも新たな実験機を造り出していたのだ。

――これを持ち帰らせはしない!
 
 愛機シールドライガーDCS-Jの怒りの咆哮とともに、レイが2機の実験機に飛びかかろうとしたその時だ。視界の端で、異様なものを見つけた。ゾイド? それにしては小さく、人間ほどのサイズまるで遺跡から掘り出されたばかりであるかのように、半身が土に埋まったままだ。さらに異様なのは、工場の作業員たちが実験機よりも小ゾイドを守ろうとしているように見えることだ。

▲ニクシー基地の地下工場で、共和国軍中尉レイ・グレックは、2機の新型機と謎の小ゾイドを発見した。

――ガン! 不意にレイを衝撃が襲った。強い衝撃だ。恐竜型の実験機が突然始動し、DCS-Jを力任せに踏みつけたのだ。信じられない思いだった。確かにレイは一瞬油断した。その一瞬で、あの実験機はレオマスターたる彼と、彼の愛機の反応速度を超えて動いたのだ。
 
「隊長!」
 小隊の部下たちが、脱出しようとするレイを援護する。

――逃げろ! ガンスナイパーでは……


 だが、レイが叫び終わる前にガンスナイパーは実験機の牙と爪に引き裂かれていた。3機同時にだ。これで未完成だと? 共和国に、この化物と戦えるゾイドがいるか。いない。完成すれば、ブレードライガーですら歯が立たないだろう。もし、戦えるゾイドがあるとすれば…

 そしてレイは、もう1機の実験機を振り返った。

▲未完成と思われたティラノサウルス型実験機が突然始動。レイの愛機シールドライガーDCS-Jを一瞬で葬り、ガンスナイパーに迫る!

▲恐るべきパワーのティラノ型実験機に対抗するために、レイはもう一機のライオン型実験機を奪う決心をした。

 ティラノ型実験機の足元をすり抜け、帝国兵の銃撃をかわしてレイがライオン型実験機のコクピットに滑り込めたのは、それだけで奇跡のようなものだった。ツキがあるのかもしれない。おそらく撤収作業中だったからだろう。メインエンジンには、すでに火が入っている。これならすぐに始動できる。初めて握る操縦桿にも問題はない。セイバータイガー系の操縦システムだ。セイバーなら、捕獲した機体を何度も動かしたことがある。
――いける!

 一気にエンジンを臨界まで叩きこむ。モニターが点灯した。眼前にティラノ型の顔。恐ろしい速さで牙が迫ってくる。

――跳べ!
 寸前でかわす。驚異的な反応の良さだ。
 
――部下は?
 油断なく辺りを見回す。動くものはない。全滅したのか? まさか。まだ5分と経っていないはずなのに。頭の中が白くなった。隊を指揮する身で怒りに任せて先行し、部下を巻きこんだ。しかも、彼らはレイを守る盾になったようなものだ。自分で自分が許せそうにない。

 またティラノが突っこんできた。今度はかわせない。強い衝撃。弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。さっきの反応が嘘のような鈍さだ。さらにティラノが来る。
――やられる!
 
 ほんの刹那レイは死を覚悟し、そして次の刹那強く否定した。「部下の仇」と口に出す資格はない。それでも彼らがくれたこの命を、むざむざティラノにやりたくはなかった。と、不意に機体に軽やかさが蘇った。再び、鮮やかにティラノをかわす。レイの感情がそのまま機体の限界性能に直結しているような、劇的な変化だった。

――そういう機体か。
 操作しやすいように、金属生命体の本能を制御する従来型ゾイドじゃない。強制的に狂暴化させたOS搭載機でもない。この実験機には、ゾイド本来の野生の本能が色濃く残っている。それがパイロットの本能とリンクし、反応速度が飛躍的に高まるのだ。
 突然、ティラノが顎を大きく開いた。恐ろしいほどのエネルギー粒子が口腔内で収束していく。
 
――荷電粒子砲!
 
 レイの総毛が逆立った。その瞬間、レイの本能に反応してライオン型が飛んだ。レーザークローを閃かせ、ティラノに突撃する。レイが体験したことのない瞬発力だ。粒子砲の渦と獅子の爪の交錯。間一髪で互いにかわす。

▲帝国軍が造り上けた2機の実験機同士の戦い。やがて2機は、暗黒大陸戦争の重大な局面で、再び対峙することになるのだ。

 すれ違いざまレイは、むき出しのコクピットに座る敵パイロットを見た。10人の部下を一瞬で葬った男の顔を。若い男だ。レイと同じくらいに見える。
 なぜだか、憎しみは湧いてこなかった。多分、男が悲しい目をしていたからだ。大切な者たちを失った、今のレイと同じように。


 不意にティラノが背を向けた。レイの戦意が、わずかに鈍ったのを見透かされたかのようなタイミングだった。そして、あの小ゾイドを掴み取ると、天井に向けて高く跳び上がったのだった。

▲小ゾイドを掴み取るティラノ。帝国が実験機以上に重視する、このゾイドに秘められた秘密は何?

▲ライオン型実験機の奪取に成功したレイ・グレック。だが、ティラノ型実験機と謎の小ゾイドは、輸送艦の中に消えた。彼らが再び出会う日はいつなのか?

 天井を突き破ったティラノが、待機していた輸送艦に消えていく。為す術もなく見送るレイは奇妙な既視感に包まれていた。今の自分と同じ体験をかつてした男を知っていたのだ。あのアーサー・ボーグマンだ。報告書で読んだ。ブレードライガーを駆る彼がガリル遺跡でジェノザウラーと戦い、デススティンガーの幼体を奪われた時の状況。それが、今の自分の状況と驚くほどよく似ていた。やがてアーサーは、デススティンガーに殺される。自分もまた、あの小ゾイドに殺される運命なのかもしれない。それとも悲しい目をしたあのパイロットにか。そんな不吉な予感が、レイの心を離れなかった。

 ニクシー基地が共和国軍の手に落ちたのは、それから5時間後のことだ。その間、帝国軍決死隊は10倍以上の共和国部隊を食い止め続けたのだ。エレファンダーのブ厚い装甲とEシールドは敵の猛攻をことごとく跳ね返し、白兵戦を挑んでくる者を恐るべきパワーで粉砕した。やがて共和国軍は、大口径ビームキャノンを搭載したカノントータス、ディバイソンなどの重砲部隊を投入。集中砲火を浴びたエレファンダーは1機、また1機と撃ち倒されていくことになる。だが彼らが全滅した時、共和国軍は貴重な時間と、敵の3倍以上にものぼるゾイドを失っていたのである。


 主力部隊の収容に成功した帝国輸送艦隊が、北をめざして飛んでいく。その中に、あのティラノ型実験機を載せたホエールキングもいた。その士官室に、ふたりの男の姿があった。

「大佐。共和国空軍の追撃は、レドラー決死隊が阻止しました。もはや、ご安心されてよろしいかと」
 年配の士官が言った。単なる上官への報告には見えない。片膝をつき、目を伏せたままの姿勢は、さながら皇帝に対する礼のようだ。


「レドラーに乗っていたのもゼネバス兵だな、ズィグナー」

▲ズィグナー・フォイアー大尉

 若き上官が応えた。抑揚のない声。だが、目に悲しみがある。ティラノ型実験機のパイロットであった。
 
「はっ。それよりも大佐。ニクシーでは無茶をされましたとか」
「あの小ゾイドを守るためだ」
「我らにとって、殿下以上に大切なものなどございませぬ」
 ズィグナーと呼ばれた男の、上官に対する呼び名が変わった。上官が、ほんの少し不機嫌そうに応える。
 
「分かっているよ」
 ズィグナー・フォイアー大尉にも分かっていた。この年若い上官が、彼――ヴォルフ・ムーロアのために散っていく同胞の死を、いかに悲しんでいるのかを。自らの命も危険に晒さなければ気が済まない清廉な魂を。それは、皇帝を継ぐ者としては危うすぎた。だが限りなく好ましく思えることもまた、ズィグナーは否定できずにいた。

主力部隊の撤退に成功した帝国軍は、きたるべき暗黒大陸本土決戦に向けて、直ちに準備を開始した。

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